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2006年5月28日 (日)

小学生の英語教育問題(中央教育審議会)

 中央教育審議会の外国語専門部会が3月末、小学校高学年で週1時間程度を割いて必修化すべきであるとの報告をまとめました。現在この報告をもとに上部機関で審議を続けているそうです。

 中高生の英語レベルが国際的にどの程度であるかを表す資料のひとつに、過去のTOEFLで日本人の平均スコアは韓国、台湾、タイよりも低く、アジア29ケ国中北朝鮮に次いでワースト2位とのことです。これ程国際化が叫ばれているにも拘わらず、日本の子供達は英語によるコミュニケーションがとれない現状を冷静に見詰めなおす必要があります。

 過去に何度も語学教育の必要性が議論されてきました。国語教育が先だとか、教育者がいないとか言い訳に終始してきた感があります。誰がどう考えても英語教育が必要だと思っています。現に就職機会が国際化し、海外で活躍する人が格段に増えました。このためもあって多くの日本人が英語圏に留学しています。事実、シカゴやニューヨークの大学・MBAなどに行くと多くの日本人を見かけます。彼らの多くはTOEFLを日本で受け、しかるべく英語力を身につけてから留学しています。しかしながら日本の学生全体からみればまだ数%と推測されます。一応に語学力をつけるために苦労してきた人達ばかりです。シカゴにあるケロッグ大を訪問した際、学生に苦労話を聞いたところ、語学力のなさでした。このため最初の1年間は語学留学し、後に大学に入学する人が多いそうです。

 英語に弱い日本人そのものがありました。

 小中学生の英語離れが進んでいるようです。中学生についてみると、平成14年度から週3時間程度となり、学年があがるにつれて英語が好きという生徒が減っているとのことです。普段の生活において英語でコミュニケーションがとれる程度を目標としているようですがそれも上手くいっていないことが伺われます。

 国語の学習では、漢字・ひらがな・カタカナの読み書きが基本です。学習の中心は、漢字の書き取りの反復練習が大原則で、漢字が書けない子供、読めない子供は文章題が苦手です。書けない字は何度でも書き直し・読み直しをすることで知らず知らず身についていきます。英語教育においても同じで、単語の書けない読めない子供にいくら文法を教えてもちんぷんかんぷんです。履修時間も大事ですが教え方がもっと大切なのではないかと思います。週に何時間という設定も必要ですが教える内容にもっと工夫をするべきではないでしょうか。ある私立中学では、毎日時間を割いて英語学習をしています、その結果、英語の履修速度が格段に速いと聞いています。また、ミッション系の学校では英語でしか話せない時間を設けています。

 私学と公立では違うとしても、公立の先生方はもっと私学の教育を勉強すべきです。学習指導要領に縛られ、自由な教育が出来ないという先生は論外です。これからの子供達が世の中にでて働くために何が必要かを真剣に考えるべきではないでしょうか。語学教育は小中学校から積極的に取り入れるべきです。国語と英語を並行して教えるくらいのつもりでないと語学教育は成功しないと思います。【了】

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2006年5月 7日 (日)

高年齢者雇用安定法

 長らくの懸案事項であった、企業に65歳までの雇用を義務付ける改定高齢者雇用安定法が、4月1日をもって施行されました。企業の93.6%が何らかの再雇用対応をとったことが高らかに報じられています。企業のほとんどが退職・再雇用による対応を整え、【意欲と能力のある高齢者】の雇用を65歳まで確保して生涯現役社会実現への第一歩が踏み出されました。この措置により、段階的に引き上げられた男性の老齢厚生年金支給までの収入空白期間がなくなることになります。但し、【めでたく再雇用された人】との注訳が必要です。

 法制度は整いましたが、猫も杓子も再雇用されるわけではありません。多くのサラリーマンが、これで65歳まで働けると勘違いしているようです。前掲に示した【意欲と能力のある高齢者】と企業側に認められなければなりません。全員が再雇用される保障はどこにもありません。更に従前と同じ給料を支払ってもらえる保障もありません。

今、企業が考えている再雇用の条件は、おおむね以下の通りです。

①会社が必要と認める人に限って再雇用する(退職者の20~60%)

②有期契約社員とする(年度更新)

③給料は能力・経験を考慮するも従前の60%程度とする

 つまり、めでたく再雇用されたとしても、契約社員で月給25万円前後と考えた方が賢明です。「再雇用されるだけでもまし」と考える人もいるでしょう。「え、そんなに給料が安くなるの?」と思う人もいるでしょう。それなら、仕事をせずに悠悠自適に暮らすという人・生活のためには働かなくてはと就労する人もいるでしょう。でも多くの人は元気なうちは働きたいと考えています。現実は厳しい事をここで再認識しておく必要があります。

 何故これほどまでに再雇用条件が厳しいのでしょうか。もし、年金を受給しながら働くことを想定すると、以上の雇用条件が効いてくるのです。年金は二本立てで成り立っています。比例報酬部分の支払いは65歳ではなく、その前から受給できるようになっています。つまり年金を貰いながら働くことが出来るのです。比例報酬分の受給を受けられる人で、月給がおよそ25万円以下なら双方から収入を得ることが可能です。仮に年金から10万円、月給25万円なら併せて35万円ですから、まずまず人並みの生活を営む事が出来ます。企業によっては、年金併用型賃金を用意しているところがあります。年金受給の勧めといったところでしょうか。この方式をとると厚生労働省の目論見は外れ、年金の財源は確保されないことになります。これらの要素が再雇用の処遇に反映されているのではないでしょうか。

 全ての人がこの条件に当てはまるわけではありません。再雇用後も現役時に近い給料をいただき元気溌剌に働いている人もたくさんおられます。厚生年金はまだまだ不要。元気なうちはどんどん働いて稼ぐぞ!といった人こそが、これからの高齢者社会の原動力になって欲しいものです。【了】

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2006年5月 6日 (土)

第三の収入源?抗加齢ドッグ

 予防医学の必要性が叫ばれ久しいと感じる方も多いでしょう。米国では、富める者は高額医療を享受でき、貧しき者は日々忍耐を強いるという民主主義の原則?にのっとり現行制度が長らく定着しています。米国の一流企業では、社員への医療保障制度が厚く、その費用捻出のため製品価格に転嫁し、製品の購入者がその一部を負担する結果にもなっています。強者と弱者の広がりは大きく、貧困ゆえに満足な医療が受けられない米国民は気の毒としか言い様がありません。もっとも価値観や人生観が違う国ですから、それをとやかく言うつもりはありません。一方日本では、国民皆保険制度により全てが最低限の医療を受けられるという画期的な方法がとられています。ところが医療費が膨れ上がり、国の財政を揺るがすほどの大問題になっています。そこで登場するのが予防医学の必要性です。国民一人ひとりのためにも、医療費抑制のためにも有用な予防医療の考えは何十年も前から言われ続けてきました。

 いまさらの感が否めないのですが、最近第三の医療として注目を集めているようです。国民医療費抑制策を次から次へと打ち出してくる国の施策に対して、医療機関は生き残りに必死です。従来のようなぼったくりに近い、やり放題の検査や薬剤投与が厳しく規制されてきたことに対抗する策として高齢者をターゲットにした検診が流行りそうな気配です。

 抗加齢ドック(アンチエイジングチェック)の存在をご存知でしょうか。平たく言えば普通の健康診断に加齢特有の検査項目を増やしたものです。富裕者層を対象としたもので、一般のコースで15万円だそうです。この分野で草分け的な高輪メディカルクリニックでは、7つの領域で約120項目の検査を行い、全身を徹底的に点検するのだそうです。検査後には、老化度が点数で示され、病気がわかればすぐ治療を始めることができるようになっています。

 高齢者への予防医学を否定する者ではありません。富裕者が自らの健康維持にどれだけお金をかけ様が自由です。お年寄りがもっと予防医学に関心を持って欲しいと考えています。ただ、医療機関はもっと一般国民に目を向けて欲しいと思います。お金持ちから金を取るといった図式の予防医療には「収益を得る手段」という不遜な考えが見え隠れします。第三の収入源に血眼になる医師が増えることに危惧を抱きます。一部大学病院にもこの傾向がみられますが、生き残り策で導入しようとするなら考え直して欲しいものです。

 最近、医学の発達によって家庭でも職場でも健康チェックできる検査キットや器具などが多数開発されています。比較的廉価で誰でも正確に検査値を得ることができます。また献血でも健康状態を知ることができます。国は企業の健保組合に働きかけ、様々な予防医学への勧めを行なっています。生活習慣病の抑止策としての取り組みも始まりました。地道な活動がきっと成果につながると思います。

 ごく普通な人の多くが予防医療を受けられるような社会になって欲しいものです。正確には自発的に予防医療を受けるという考えを持つことです。また、受診者も自分の健康維持には応分のお金を使うことが必要です。いつまでも全て相互扶助でと考えていては、医療費は膨らむばかりです。健全な国民皆保険の維持は、医療側・受診者側を問わずあなたの行動で決まります。【了】

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2006年5月 5日 (金)

終末期医療意思表示カード

 富山県の射水(いみず)市民病院で、末期患者の人工呼吸器を外科部長らが外して死亡させたとする問題は、終末医療の難しさを私達に投げかけています。医療従事者が刑事罪に問われるかもしれない本件の進展にこれからも注目したいと思います。

 最近、産経新聞社が実施した終末期医療に関する、全国42の国立大学病院へのアンケート調査結果を読むと現場の医療関係者の苦悩が伝わってきます。みだしには「法か倫理か苦悩の医師」「延命治療指針の必要性65%」とあります。特に長崎大の「死期が近づいている患者を目の前にして医師は苦悩している」という文言には、思わず同情の言葉が口から出てしまいました。現場の医師が終末医療現場で、日々迷い、悩み、怯えている姿が想像できます。延命治療中止の基準がないため医師は苦悩しており、ガンの末期においては人工呼吸器を原則装着しない病院も10病院あったそうです。一旦装着したら外せない人工呼吸器の取り扱いを巡っては、施設ごと様々な解釈の元に行なわれているのが実態のようです。暴論かもしれませんが、無駄な延命治療と考える医者は人工呼吸器を使わずお咎めなしで、少しでも延命をと考えた医者が人工呼吸器を使用した結果、外せないのを承知で外したら犯罪となるというのはどうみても不条理な気がします。射水市民病院の出来事は、告知があったか、本人の同意を文書で行なったかなどプロセスが問題になっているようです。

 これらの諸問題を解決するために、ガイドラインの作成や法制化などを行なうべきかどうかで意見がわかれいるのが現状です。各大学病院の見解にはもっともだと頷けるものがあります。しかしながら、尊厳死の考え方にも見られるごとく、なかなか統一見解や法整備にならないとった状況のまま何十年かが経過しています。死生観や宗教など個独特の解釈に他人が踏み込めないといったところでしょうか。議論は充分尽くしていただく必要があります。人間の死に関する事ですから他人がとやかく言えるものではありません。それにしても、法制化が難しいとしても延命治療に関する治療ガイドライン、あるいは緩和ケアにおいて指針が示されない限り、同種の問題は必ず発生すると思います。

 長野・諏訪中央病院鎌田名誉院長曰く「患者となる前の元気なうちに、自分の命を学び、家族や知人にその考え方を語り、できれば書きとめておく。その多くの人がそうした自己決定をするためには、何年も何十年も時間が必要なはず。医師にはそうした自己決定を大切にするというガイドラインがあればいい」と語っておられます。

 事前準備といってもいいのかもしれません。人の死を他から強制すべきでも、されるべきでもありません。ただ、現代医学でも不治の病といわれる癌などになった時、延命措置として人工呼呼吸器が装着されたことを事前に想定して、不要な延命措置を希望しないという【終末期医療意思表示カード】によって【無駄な延命措置を希望しないという自己の意思を明らかにする】ことで、他者(家族や医療従事者)に余分な負担をかけないと言うのもひとつの選択肢ではないでしょうか。

 自己決定として「存命中に終末期医療に関する意思を書きとめておく」ことが最も賢い現代風のスタイルなのかもしれないと思うのは私ひとりでしょうか。【了】

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