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2006年7月30日 (日)

事実婚認知が少子化対策に有効?

 7月30日付産経新聞「正論」で、動物行動学研究家の竹内久美子女史が「少子化対策に事実婚の制度的認知も」という一文を寄せています。

 正式な結婚となると、互いの親や親戚ともつきあわなければならない。いや、そもそも結婚前の段階に「こういう嫁は困る」「こんな甲斐性のない男に娘はやれぬ」などといった障害が立ちはだかってしまう。結果、結婚は遅れ、子も一人くらいしかつくれない・・・。ところがそういうしがらみなしで、せいぜい「内縁関係証明書」を提出するだけでいい。子が生まれても、正式な結婚によって生まれた子とそう待遇が違わない。となれば、女は随分気楽に子供が産める。女がこの目の前の魅力に飛びついたとしても不思議は無い。日本にもこんな法律が一刻も早くできることを望みたい。他国の婚外子の出生率を示して、事実婚が出生率アップにつながり少子化対策に有効だと述べておられます。

 読んでいて何か変だなと思ってしまうのは私ひとりでしょうか。婚外子を認知する法整備ができれば少子化に歯止めがかかる?だから早く法制化しましょうという提案は、動物行動学研究家がどういうものか知りませんがあまりにも唐突で道徳論から逸脱した暴論ではないでしょうか。ライフスタイルの変化を先取りした奇抜なアイデアといってしまえばそれまででしょう。でも日本民族の誇りもなければ貞節もない女史の提案には驚きです。

 正式な夫婦でない婚外子の苦悩や現実をお考えになったことがありますか?よしんば法制化されたとしても実夫婦に養育されることのない子供達は幸せですか?もう少し真っ当な少子化対策を考えませんか?【了】

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2006年7月17日 (月)

私学の経営危機

 キャリアコンサルタントという仕事柄、沢山の転職希望者とお会いして感じることがあります。私学で、あまり聞いたこともない短大・大学卒業者が急激に増えています。地名をほどこした学校や職業をもじった学校などがあります。つい「どこにあるの?いつできたの?何の学校?」と聞いてしまいそうになります。不見識なと怒られてしまいそうですが、偽りない気持ちです。専攻した学部学科の授業内容などを聞いて、専門学校との相違が見出せないといった学校もあります。こうして、大学とは名ばかりの教育機関で学んだ学生(異論のあることは承知の上です)が毎年世に送り出されています。日本の教育水準が上がった、全入時代に突入した、世界に誇る日本の教育制度等といっている脳天気な人はいないと思います。国民が等しく、現在の大学教育制度に何がしかの違和感を覚えています。

 いつからおかしくなったのでしょうか。団塊の世代、高等学校進学率約60%、大学進学率は十数%でした。いい悪いは別にして、熾烈な受験競争に勝った者は、栄光への切符を手にした時代と全入時代の現在とではあきらかな違いが生まれています。学力の低下であり、人間性の欠如あり、適応力のなさであったりします。国民の相対的な教育水準の上昇に異を唱える人はいません。文盲率の低さは世界的に日本の誇りです。学歴社会からの脱皮を言われて久しい今日ですが、どこの大学を卒業しても学士に変わりません。金太郎飴を作るのとは訳が違います。でもそこには悪徳経営者のつけいる隙があります。美辞麗句を並べて学生を勧誘し、さしたる授業もしないで、高額な学費を巻き上げるのです。それでも藁をすがる思いで大学の門を叩く人が少なくありません。残念ながら、まだまだ学歴偏重の社会が存在するため、親御さんはとりあえず大学へという意識がその背景にありそうです。それにしても、最近の大学は異常な事態であると思いませんか?

私学の経営危機が叫ばれています。

 読売新聞の調査では、「05年度の私立大学数は556校で89年度に比べ1.5倍に増え、このため大学と短大の志願者数と入学者数が一致する全入時代が07年度に到来する」こうした状況下で、定員割れ大学が増加。日本私立学校振興・共済事業団の調査では、05年度は160校で過去最多。調査対象の30%にのぼる。入学者が定員の50%未満の大学は17校。その年度の収入で支出を賄えない学校法人は27.5%(04年度)にものぼるとのことです。

この原因はどこにあるのでしょうか。

 人間、お金と時間が有り余ってくると最後には名声を求めようとします。地方の名士が、議員さんが、企業の経営者が学校経営に乗り出して作られた短大や大学が全国にいくつもあります。また、子供達がたくさんいた時代には経営的な旨みがありました。猫も杓子も学校経営にやっきとなったものです。金儲けや名声の手段として創設された大学がいまお荷物になりつつあるのです。旧文部省の役人もその片棒を担いだひとりです。少子化にも勝る何か別のファクターがあったのでしょう。

定員割れで苦悩する大学は当然の帰結です。

 一時期もてはやされ、花嫁修業先の感があった女子短大。女子短大から99年に単科大(国際情報学部)として開学後昨年度に破綻。中国地方の日本海側では初の4年生私大で地元の期待は大きく、総事業費64億円のうち、山口県と萩市が各20億円を補助した萩国際大学がいい例です。授業期間中なのに、キャンパスで学生を見ることはほとんどなく、総定員1200人に対して在学生194人(うち留学生116人)。定員充足率が16%という厳しい状況で、再建?を目指して東京地裁に再生計画案を提出しています。これに類似した案件が地方を中心に頻発しています。背景は若干異なるとしても、「面倒見の良さで勝負」(金沢工業大学)、「産官学連携・高い研究力」(高知工科大学)など大学という教育機関とは思われない恥も外聞もないキャンペーンを展開しています。

一律の破綻保険や救済措置は本当に必要でしょうか。

 関連機関(文部科学省も含めて)では大学破綻防止策を懸命に検討していると聞きます。総論賛成ですが各論は慎重であって欲しいものです。国は面子を賭けて再建に取り組まざるを得ないでしょう。しかしながら、一律に全ての不良債権団体(大学)を救う必要があるのか疑問です。バブル崩壊後、日本企業はその不良債権を削ぎ落とすための血のにじむリストラを実行してきました。このために事業部の廃止や閉鎖、大幅な人員削減・早期退職勧奨制度の実施と様々な手立てを講じて今日に至っています。大学とて同じであるはずです。経営感覚の無い理事長には大学という競技場から退場願うべきです。

学生に対する支援措置は慎重に行なわれることが必要です。

 ひとつだけ忘れてならないことは、在学生の扱いです。大学が破綻してその被害を被るのは学生です。(教職員は別の次元で独立独歩を考えるべきです)大学側のどんな事情にせよ、本人の意思(勉学意欲)は尊重されることが必要です。現在、一部の大学でその受け入れを模索している様です。高校や大学の検定試験などに見られる公的な編入学力試験ないしは個々の大学で実施する口頭試問を中心とした選抜試験といったものを用意する必要があります。経営の失敗を学生に転化しない措置を考えて欲しいと思います。【了】

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2006年7月 2日 (日)

どうなるこれからの社会保障制度

 新聞の見出しに「高齢化大国社会保障制度揺らぐ」といった高齢者予備軍にとっては、ギクッとする報道が最近ありました。日本の総人口に占める65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)が世界で最高水準の21.0%にまでなった様です。高齢化率の世界的順位を見ると、1)日本 2)イタリア 3)ドイツ 4)フランス 5)英国 6)カナダ となり、何かと比較対象となるアメリカは7位です。終戦間際から戦後の復興期に育った高齢者の方々ご自身でも、まさかこの様な時代が到来するとは夢にも思わなかったことでしょう。

 追い討ちをかけるように、15歳未満の年少人口の割合も、世界で最も低い水準(13.6%)になり、未婚率は男女とも20歳から64歳の各年齢層で上昇したとのことです。

 日本の総人口は年々減少し、1億2776万人で、そのうち高齢者人口は2682万人といわれています。一方出生率の低下も深刻で、合計特殊出生率は1.25と過去最低を記録しています。日本の少子化・高齢化が確実に進行していると言えます。

どうなるこれからの社会保障制度!

 少子高齢化が今後も進めば、現役世代の負担で高齢者を支える公的年金や医療など社会保障制度の根幹が揺るぐ事になります。現高齢者の方々は、満60歳になれば相応の厚生年金を得て、豊かな老後がまっとうできると考えてきたことでしょう。高齢者予備軍でもある筆者もそう思い描いてきた一人です。給料から保険料をきっちりと徴収されても、じっと我慢してきた今までは何であったのかと空しさを感じます。すでに始まった物価スライド制の現行の厚生年金支給方法では収まらない事態になりそうです。

高齢者の定義を変えましょう!!

 現行では高齢者は65歳と定義しています。これだけ寿命が延び、元気な熟年が増えた今、高齢者の定義を70歳に引き上げることを提案します。「団塊の世代が間もなく定年を迎えます」といいた表現は改め、団塊世代問題などといって騒ぐのを止めましょう。高齢者雇用促進法にある65歳を定年を全ての企業が遵守し、誰もが不安なく65歳まで雇用が確保されることで、70歳への定義変更は出来るはずです。「人間、元気に働けるうちは働き、所定(年金・医療・介護など)の負担金を拠出する」ことを真剣に個人の問題として考えましょう。相互扶助の精神は日本人の美徳であり、単一民族だからできる発想です。賛否はあるでしょうが、今一度原点に戻って考え直す必要があります。

 それにしても、国の責任は重大なものがあります。各種の現行制度の見直しから、そのツケを国民に一方的に転化する姿勢はいただけません。社会保障問題に関しては、当事者の意識変革を促すだけではなく、早急に少子化対策を並行して推し進めることが求められます。正直者が馬鹿を見る様な社会にだけはなって欲しくありません。【了】

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