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2007年8月31日 (金)

人身事故発生・京浜東北線(ストレス社会から逃れられない人々)

 本日(8/31)、午後3時31分、JR東日本川崎駅構内京浜東北線北方行(上り)ホームで人身事故が発生しました。空はどんより雲り、むしむしとする真夏の午後です。

 記者が所用のため、南方行(下り)電車で川崎駅向かい側ホームに到着した時でした。発生から遅れること約10分。神奈川県警の警察官6-7名、川崎市消防局の救急隊員4名そして駅員数名が事故処理にあたっているところでした。赤いロープで規制され、現場を数十名の群集が固唾を呑んで見守ります。現場保存のため、電車はホーム中程で停車したままの状態で、乗り合わせた乗客は下りることもできず、じっと待つしかない状態が続きます。鑑識と思われる係官が盛んにフラッシュをたき、一目で解る現場指揮官がテキパキと事故処理の指示を与えていました。

 係員のやり取りから、鶴見駅寄りの南武線への渡り廊下から電車めがけて飛び込んだ様子です。既に負傷者は搬送されていました。

 事故発生から約40分後の4時10分、くだんの電車が動き出すと通過後の枕木に血痕の後が残されていました。どうやら轢死ではなかったようです。悩み苦しんだ後、電車に飛び込んだのでしょうが、なんとも言えない悪寒と虚しさにとらわれました。

 このところ、JRの人身事故が増え続けています。特に京浜東北線東神奈川~新子安~鶴見の区間で多発しています。数年前の調査でもワースト5に入る路線です。地理的な要素が関係しているのでしょうか。立体化が遅れているこの区間では、踏切での接触事故もあり、身を投げようとする人にとって手ごろな?場所になっています。

 身を投げたご本人、その家族・知人、電車の運転手、事故処理の係員、それをも守る群集。現場に居合わせた人々はこの事故をどのように受け止めたのでしょうか。人が死を選ぶとき、何を思うのでしょうか。生きることを深く考えさせられる衝撃的な出来事でした。【了】

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2007年8月26日 (日)

日本人にソッポを向かれた?話題作「シッコ」

 医療問題話題作との前評判の高かったマイケル・ムーア監督「シッコ」は、どうやら日本人にソッポを向かれてしまった様です。

 封切り初日の25日(土)、満を持して川崎にあるチネチッタに早速出かけました。さぞや長蛇の行列かと思いきや窓口も劇場もガラガラで、拍子抜けでした。定員532名の比較的大きな画面があるシネマ8でしたが、上映5分前になっても閑古鳥が鳴いていました。

 結論から言えば、米国の医療制度の見直しを提案?批判?する内容で、日本人からすれば何を今更といった感が否めません。「医療関係者は絶対に、絶対に、観てくだい」!どうやら、このキャッチフレーズはアメリカ人に向けたものであり、日本人ではないようです。

 健康保険とは何か?医療とは何か?国民の幸せとは何か?を問う話題作との前評判でしたが、アメリカの医療制度を単に紹介した内容で、目新しいものは何もありません。

 アメリカで国民皆保険が普及しない理由?それは簡単です。

1)相互扶助の精神がない

 開拓精神に基を発するアメリカ人は、まず個ありきで他人は二の次。「何故私が他人の面倒をみなきゃならないの?」と大多数の人が思っています。銃社会であるアメリカは、深層心理としてわが身は自分で守るという意識が高い国民性です。

2)金持ちと貧困層の格差が大きい

 富める者は、豪邸に住み、豪華な晩餐を食し、最新鋭で高度な医療を受け、家族に囲まれ幸せな日々を過ごす。これこそアメリカンドリームで、アメリカ人が好んで使う言葉です。多民族国家であるアメリカでは、ヒーローが話題になります。貧困から富を得た人だけが味わう征服感こそ彼らの原点です。この意識は、中産階級が多い言われる日本人にはわかりません。

3)現行医療制度で、ほとんどのアメリカ人は不都合を感じていない

 お金持ちはフルインシュランスを選び、最高度の医療サービスを得ています。また米国では大手企業に就職すれば、会社が保険に加入、家族を含めて病気や事故などの際手厚い保障が受けられます。社員の医療保険の高騰が企業経営に重くのしかかっているといわれる所以です。この格差を是とするか否とするかは国民が選択することです。

4)アメリカの私的保険はビジネスそのもの

 保険内容が細分化されればされる程、サービス内容に制約が加わります。日本の自動車保険でも現在はサービスが細分化し、どのサービスを選択するかは被保険者の自由です。事故が起きた時に、救急車利用の許可が必要・指定した医療機関でなければサービスが受けられないなど様々な問題提起?がなされていますが、保険の内容は全て保険金額で決まります。保険もビジネスであることを念頭に入れるべきです。

5)国民皆保険の国が社会主義国家と思っている国民

 ヨーロッパ・フランス・ドイツなど多少の差があっても国民皆保険制度です。皆保険=相互扶助=社会主義と誤解しているアメリカ人が多いのではないでしょうか。ムーア監督には日本の皆保険制度を取材して欲しかったと思います。

 他国は別にして、日本の皆保険制度は大きな曲がり角にきています。年々膨らむ医療費に、国はその抑制策を取ろうと躍起です。財政が安定しない限り皆保険制度を維持できません。シッコを他山の石として、日本のよき国民皆保険制度を継続して欲しいとつくづく感じさせられる思いでした。【了】

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2007年8月25日 (土)

往年の演歌歌手に青春をダブらせる熟年パワー(演歌歌手新曲発表・握手会)

 川崎駅の地下街にあるアゼリア特設ステージで、往年の演歌歌手瀬川瑛子さんの新曲発表を兼ねた握手会が催されました。午後3時からのステージというのに、1時間以上も前から往年の紳士・淑女が多数押し寄せ、土曜の午後とあって家族連れを含め地下街は大変な混雑でした。

 瀬川瑛子さんといっても知らない方が多いと思います。1987年、「命くれない」で100万枚を超えるミリオンセラーの演歌歌手です。今から約20年前にもなります。握手会に参加した方々の推定年齢が50歳から60歳であることから、この曲がヒットした時代は30から40歳の働き盛りということになります。

 思い返せば、時の総理は中曽根内閣で、関西国際空港着工(1月)、アサヒスーパードライ発売(3月)、朝日新聞社阪神支局襲撃事件(5月)、石原裕次郎死去(7月)、東証ダウ2万1千円に暴落(11月)など思い出されることが一杯です。

 この時代を、人生で最もきらめきのある時代を迎えた往年の紳士・淑女が、よき時代とダブらせながら聞き入る姿に、熟年パワーを感じざるを得ませんでした。客席からトーンの高い掛け声に他の聴衆からは、やんやの喝采でした。新曲のCDを買い求めた人が長蛇の列を作り、瀬川さんと握手をしながらいつまでも談笑する姿が印象的でした。きっと「元気いっぱいの幸せ」をもらったことと思います。【了】

通りがかった光景に思わず「熟年パワー」を垣間見ました。

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2007年8月19日 (日)

横浜「ハマこい踊り」5千人が炎舞(第29回ヨコハマカーニバル)

 猛暑に見舞われた、8月18日(土)・19日(日)の両日、横浜駅西口周辺の市内4会場で109チーム、総勢5000人が参加して「第9回ヨコハマカーニバル」が開催され、つめかけた約35万余の人々が炎舞に酔いしれました。

 「ハマこい踊り」参加にはルールがあり、30人以上100人以内のチーム編成で、①4分以内の楽曲に「赤い靴」のメドディーを入れること②手に鳴り物を持つこと③「ハマこい」の掛け声を入れることが決められています。踊りは、高知のよさいこい踊りをアレンジしたものです。煌びやかな衣装に身を包んだ炎舞達は、所狭しと踊り狂い、爽快な汗を流していました。また、小中学生から大人まで、日頃の練習成果をいかんなく発揮していました。

 開催は、沢渡中央公園、横浜駅東口(スカイビル・そごう間2階デッキ)、ヨコハマ美術館、パルナード・ダイエー前などで行われました。このヨコハマカーニバルを終えると、間もなく秋の訪れとなります。【了】

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2007年8月16日 (木)

オーマイニュース創刊1周年を迎えて

 日本のオーマイニュースがこの夏、創刊1周年を迎えました。まずは、皆さんとご一緒に心からお祝いしたいと思います。

 この1年で学んだことを糧に飛躍を続けるオーマイニュースの実現のため、記者の思うところの一端を少々辛口に披瀝したいと思います。あくまでもオーマイニュースが発展して欲しいという将来に期待することを前提にしております。別のご意見や異論・反論があるとは思いますが、あなたのご意見も是非オーマイニュースにお寄せ下さい。誹謗・中傷ではなく、自由闊達な意見交換ができることこそオーマイニュースの真髄であると考えています。

 まずは、当初苦戦が伝えられたオーマイニュースも「一定の陣地を確保」したと思います。一定のと書いたのは、お聞きしていた当初の目標には未だ届いていないためです。しかしながら、確実に認知度は高まり、媒体として成長してきたと思います。様々なマスコミに取り上げられたこともあり、創刊時の「市民みんなが記者だ」というコンセプトの広がりが感じられます。その証拠に、今や新聞社や地元誌はもとより、ネットの社会で多くの市民記者が活躍するようになりました。これは大変喜ばしいことです。既存の新聞やTVでは飽き足らなくなった一般市民が情報を発信するようになったからです。もちろん市民の意識とともにメディア環境が大きく変化してきたためです。

 スタート時からの市民記者のひとりです。週末記者故、投稿構想を週の間に行い、週末に原稿を書くという日々がこの1年間続いています。何故、ここまで続けてこられたかというと、世の中のものごとに関する好奇心のかたまりが高じたものと思っています。日々の生活の中で、「おや?」と思うことや「え、嘘!」と感じることを綴る(記事にする)ことがライフワークのひとつになったことでもあります。

 オーマイニュースのこの1年はどうであったでしょうか。日本中の新聞業界及びメディアが注目した韓国発の市民参加型メディア「オーマイニュース」日本版が創刊した当初は注目の的でした。韓国とは国情、ネット環境、市民感情も違う日本では根付かないだろうと言われました。「ブログの延長線に過ぎない」とも揶揄され、今でも記事の質が低いといったご意見もあります。三つの側面から検証したいと思います。

1)オーマイニュース全体のPV値の変遷

日本版Ohmynewsのページビュー(推測値)です。遠からず当たっていると思います。

2006/09/01-09/30  10,000,339PV

2007/01/01-01/31  3,844,440PV

2007/04/01-04/30   2,362,583PV

2007/07/02-07/31  1,520,174PV

 PV値に関して、いろいろなご意見がありますが、その議論は別にして、明らかに読者離れが起っていると思われます。オーマイニュースにアクセスしても他のネット新聞と代わり映えしないと思う読者が増えているのではないかと考えられます。他にないオーマイニュースの特徴はどこにあるのでしょうか。危険信号が点っています。

2)市民記者登録数

 一方、市民記者の登録数がどうかといえば、公表されていませんのであくまでも憶測値ですが、知りえる情報では3500名程度です。スタート時800名程度とお聞きしていましたから1年経って4倍強です。目標の万人どころか5000名にも達していません。市民参加型メディアの最大の武器は、登録記者数の絶対量ではないでしょうか。

3)オーマイニュース全記事数 12,003件

(2007/8/16 14時現在)

その内訳は以下の通りです。

わたし 1,573

生活・医療 873

社会 2,534

政治 1,089

経済 582

海外 1,417

カルチャー 1、282

スタイル 906

スポーツ 492

IT 478

地域版 747

 登録市民記者一人当たり、3.4件です。掲載率70%としても決して多い数とはいえません。一人の市民記者が年に12件投稿いただければ、42,000件にもなります。ひとえに、市民記者が精力的に原稿を書くか書かないかにかかっています。

 アクセス数、登録市民記者数、投稿数も増えないというのが事実とすれば、大きなカンフル剤を用意しないと空中分解の可能性があります。これが創刊1年経ったオーマイニュースの現実というのが実感です。だからといって、ここで尻尾を巻いて引き下がるつもりは毛頭ありません。オーマイニュースの更なる今後の発展に向けていくつかの打開策を述べたいと思います。

●市民記者が記事を書く

 執筆している記者は全体の何%の方でしょうか。常連記者が並び始めています(私も同類項かもしれませんが)。記者が記事を書くという当たり前のことが崩れてきているのではないかと感じています。大新聞やTVでは真似のできないこととはどんなことでしょうか。身近な非常識・事故・事件・安らぎ・悲しみなどを市民記者がリアルタイムに情報を発信する。(瞬間、5分後、15分後、30分後、翌日と時間の経過と共に記事が濃密になっていく)ひとつのテーマに記者が一斉に取り組み、事実を多方面から記事として情報発信する(事実がいろいろな角度からみえる)もちろん、これだけではありませんが・・・。編集部がどんなに声高に叫んでも記者が行動しない限り実現できない事です。市民記者はどんどん原稿を書きましょう!これが2年目の最大の課題です。

●プラットフォームの改善

 元木編集長体制になり、確実に変革を遂げようとしています。コンテンツも増えてきました。しかしながらプラットフォームは旧態依然としています。ここで言うプラットホームとは、市民記者と編集者とのあり方を意味します。

 市民記者が投稿し、編集担当者を経て記事が掲載されています。この間、市民記者と編集者との接点はありません。誰が自分の記事を編集したのかも解らず、どういう意図で再編集したのか知らされません。市民記者と編集者の接点を結ぶ方策を考えるべきではないでしょう。本来、編集を行うには、一定の編集方針に基づいて行われるはずです。ところが市民記者には編集方針が開示されていません。また相互の意見交換の場がありません。(「論より事実、机上より現場」もひとつの編集方針かもしれませんが)市民記者と編集者のプラットフォームの改善を早急に実施して欲しいと思います。記事を投稿しても掲載されないという苦い経験をお持ちの記者は特に感じていることではないかと思います。(注記:編集内容の確認メールをいただいたことはあります)

 最近、ネット新聞を批判した辛辣な本が最近発売されました。

 韓国で生まれた「オーマイニュース」や、日本のインターネット新聞も、主宰者はプロのジャーナリストだ。彼等は既存のジャーナリズムの延長線上にいる。市民記者とは「あなたも記者になれる」とおだてられ、ネットで身辺の情報を送稿している作文好きの大衆のことだ。彼等は「客観・中立・公正・正義」などという陳腐で無内容なお題目を既存のマスコミ人に教えられ、記者ごっこをやっているに過ぎない。マスコミ出身のお偉いさんが運営している限り、市民参加型ジャーナリズムはあり得ない。(ソフトバンク新書:サイバージャーナリズム論より一部抜粋)闘志を駆り立てられる思いです。書籍で批評される位、オーマイニュースは注目を浴びています。オーマイニュースならではのプラットフォームを作ればいいのです。編集部の改革を期待したいものです。

●分散と集中

 編集方針に絡むことですが、総花的記事掲載とテーマ設定型記事掲載、つまりは記事の分散と集中を行い、オーマイニュースの社会的な認知度を深める必要があります。記者の数が少なく、特色がないメディア新聞の価値はどこにあるのでしょうか。仲良しクラブと言われるのが落ちです。オーマイニュースでは、実名記事であり、著作権は市民記者、編集権はオーマイニュースとなっており、他のメディア新聞と大きく違うところです。総花的記事掲載が普通の中にあって、オーマイニュース編集部が世の中にあってこれは大きなテーマにする価値があると判断したら全記者に取材を依頼し、特集を組む等の工夫が必要だと思います。今まで、さくら開花特集、選挙特集など特集欄はありましたが、編集部から協力依頼など一度もありません。担当編集者は、過去の投稿記事から対象記者を抽出し、直に記事投稿を呼びかける等の熱意が欲しいものです。「特集を組んでいるから記事を寄せなさい」では駄目です。プラットフォームの欄にも書きましたが、記者と編集者の一体化がない現状では改善は生まれません。

●登録記者倍増に向けて

 登録記者の少なさがネックになっています。これを打開するには記者自身が登録記者を勧誘することです。一番説得力があります。登録記者の倍増に向け身近(家族・知人・同僚など)なところから記者を勧誘してみませんか。現在の2倍3倍も夢ではありません。そこで考えたアイデアのひとつを披露します。団塊世代囲い込み作戦です。

 よく定年を迎えると燃え尽き症候群になる人がいるとお聞きします。団塊世代は戦後経済発展の牽引者といわれました。その方々が今年から大量定年を迎えました。この世代は、シニアを迎える時期に仕事をする上で「個の時代」「自己実現」などを標榜した世代です。もの言う世代といってもいいでしょう。「毎日が日曜日」となり、1ヶ月を過ぎ3ヶ月になると大抵の方が音をあげます。何をしようかと途方に迷う方もいるでしょう。家にいては邪魔、図書館に行っては三日坊主、地域に溶け込めない等悩める子羊には市民記者がお勧めです。団塊パワーこそ、世の中を変える原動力になって欲しいと思います。定年を迎えた団塊世代は大きなターゲットとなりえます。その方策として各種任意団体とのタイアップが考えられます。

 定年退職者を対象とした会員クラブが世の中にたくさんあります。任意のもの、団体が主催するものと様々です。例えば、JASS(日本セカンドライフ協会)という任意団体があります。クラブ報をみると、毎月各種のイベントが用意されており、それぞれが好きな行事に参加できるようになっています。このような団体とタイアップし、「市民記者講座」を用意し、各地の市民記者が講師となって講座を担当、参加者の方々にゆくゆく市民記者として活動していただくことはどうでしょうか。キャンペーンを声高にするだけではなく、市民記者自らが中心となってオーマイニュースの市民記者を育成していけば、確実に記者を増やすことができます。つまり原動力のパイを拡大することにつながります。

 何もしなければジリ貧、オーマイニュースを盛り立てようとお考えのあなた。身近にできることから実践しませんか。2年後・3年後には、万人から注目を浴びるオーマイニュースであって欲しいと切に願っております。【了】

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2007年8月13日 (月)

連合国軍総司令部に接収されたニューグランドホテルの今(地元に残る終戦の足跡)

 みなと横浜の象徴である山下公園には、夏休みの家族連れがたくさん訪れ、港の美しい景色を前に、しばし憩いの時間を過ごしています。海から運ばれる潮風に吹かれながら公園の木陰にいると、ことのほか爽やかで平和そのものです。横浜を訪れたことのある方なら誰でも一度は行ったことのある、山下公園には氷川丸が係留され、空にはカモメが気持ちよさそうに飛び交っています。大桟橋とベイブリッジのコントラストを記憶に刻んでいる方も多いでしょう。

 こんな憩いの場所である山下公園に面した一角に、過去の終戦の足跡があります。それが横浜港を望むホテルニューグランドです。終戦記念日を前に現地を訪れました。

 連合国軍総司令部(GHQ)司令官のダグラス・マッカーサー元帥が厚木基地に降り立つ3ヶ月前の1945年(昭和20年)5月29日、横浜市上空は見渡す限りの爆撃機に覆われました。快晴無風の朝、9時20分ごろから絨毯爆撃にみまわれた、かの関東大空襲です。その頃の横浜には、造船・自動車などの軍需工場があり、格好の標的になったわけです。攻撃は約1時間にもおよび、無数の焼夷弾は横浜を焼き尽くし、多くの市民が命を落としました。死者約1万人、被害を被った人口は40万人ともいわれています。

 敗戦国日本の厚木基地に最初に降り立ったのがマッカーサー元帥です。コーンパイプに黒めがね姿の将軍はどんな思いで日本の地を踏んだのでしょうか。ホテルニューグランドの歴史には次の様に書かれています。「1945年8月30日、厚木飛行場に到着、濃いサングラス、ノーネクタイ、コーンパイプをくわえた姿で降り立つマッカサー元帥の姿はあまりに有名である。元帥は、声明文朗読の後、すぐさま乗用車に乗り込み、まっすぐホテルニューグランドを目指した。そもそも進駐軍が滞留地を横浜とした陰には、最高司令官の宿舎として、戦火を逃れたホテルニューグランドがふさわしいとの意見があったからと伝えられている(原文のまま)」。わずか3日の滞在でした。マッカーサー元帥専用にあてられたのは、海に面した315号室。55平方メートルのこじんまりした部屋で比較的質素な感じを受けます。執務に使ったとされる机と椅子が当時の面影を残しています。憲兵が立つ、正面玄関から、側近を引き連れ出発する元帥の姿を思い浮かべる人も多いと思います。ここから戦後が始まったと言っても過言ではありません。滞在した3日間で、戦後処理の方針が決められたと考えられます。あれから60年余り、戦争の悲惨さを忘れようとする現在人に警鐘を鳴らすかの如く堂々とそびえ立っています。

 ホテルニューグランドは、山下公園の銀杏並木通りに面した歴史あるホテルです。関東大震災後の1927年、クラシックホテルとして開業しました。45年8月、米駐留軍に全館接収され、52年6月まで米軍将校の宿舎として使われていました。91年に新館が建てられましたが、本館は今も利用されています。かっては、作家や大佛次郎など国内外の著名人に親しまれたホテル界の老舗です。

 訪れた日、ホテル本館は改修中のため、足場が組まれテントに覆われた工事現場と化していました。以前、ホテルで食事をした時の感慨に浸ることはできません。本館入り口からまっすぐつながる2階への階段に敷き詰められたブルーの絨毯をわずかに垣間見ることができました。マッカーサー元帥は何を感じながら、この階段を3階まで上ったのでしょうか。宿泊した部屋を外側から見ると、窓の両側にはモニュメントが施されています。その窓から横浜港を見つめながらどんな感慨に浸ったのでしょうか。

 広島や長崎は終戦の象徴的な場所です。しかし、メディアが大々的に伝える場所以外に、たくさんの戦争を検証できるところがあります。地元にある「終戦の足跡」を自分の目で確かめることこそ終戦記念日に相応しいのではないのでしょうか。

 横浜で終戦を偲ぶ象徴的な場所、ホテルニューグランド。照りつける真夏の太陽と澄み切った空を見上げながら敗戦の重みと平和のありがたさを考えさせられる、暑い、熱い取材でした。【了】

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2007年8月11日 (土)

OTC医薬品って何?(日本大衆薬工業協会が呼称変更へ)

 大衆薬を扱うメーカーで作る日本大衆薬工業協会(大衆薬協)http://www.jsmi.jp/は、大衆薬の呼称を「OTC医薬品」に変更すると発表しました。また協会名も日本OTC医薬品協会とする旨の告知がなされました。名称を変えることで「軽度の治療を担う薬の役割をアピールする」ことが目的だそうです。しかし、呼称のローマ字変更で本当に認知度の向上になるでしょうか?恐らく多くの人は、「OTC医薬品?何かの新しい薬?」と思うのではないでしょうか。

 また、病院等で処方される医療用医薬品と一般医薬品(大衆薬)との違いを明確に理解あるいは区別している方がどれほどいるでしょうか。薬を購入する場所が違うだけと思っている人が大部分のような気がします。カタカナ表示やローマ字会社がやたらと目に付く昨今ですが、呼称変更によって【一体何の薬で何の協会なのか分からない】といった苦情が寄せられること受け合いです。

 海外では、大衆薬協の加盟企業が広告などを通して、新名称の認知向上を目指した「OTC(Over the counter/カウンター越しに買える薬)」の略称が広く使われています。これは単に英語の頭文字をとった表現であり、その国の人にとって違和感はありません。薬は、小児からお年寄りまでお世話になるものです。高齢化の進む社会で、仮に名前を覚えても意味の解らない呼称は避けるべきであると思います。協会で呼称変更を担当する方は、いかなる方針で「OTC医薬品」とすることにしたのでしょうか。一般の消費財と違って、フィーリングや安易な語呂合わせで呼称変更するのは論外です。

 大衆薬がイヤなら、「一般薬」とか「店頭薬」更には「処方外薬」とかにしたらどうでしょうか。呼称の目的や趣旨が伝わることを絶対条件にすべきです。未だ、オフィシャルロゴになっていないとするならば、再考を望みたいと思います。【了】

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2007年8月 4日 (土)

営業至上主義に走る人材派遣業(フルキャストの摘発に戸惑う同業他社)

 人材派遣の大手であるフルキャストに対し、平成19年8月3日付で東京労働局から労働者派遣法に違反するとして、労働者派遣事業停止命令及び改善命令が出されました。その理由は、労働者派遣法で禁止されている職種に派遣社員を就労させたことです。また、フルキャストは今回問題となった神戸3支店以外にも同様の問題があり、その改善命令中にもかかわらず派遣が行われたことを対して、異例の厳罰となったものです。

 同社のウエブサイトに同日付で「労働者派遣事業停止についてのお詫びとご報告」という公告が掲載されました。その内容を見ると、問題となった経緯・再発防止策・社内処分などが記載されています。それで本当に改善されるのかと疑りたくなる内容です。もっと根底にある社内的な問題はないのでしょうか。

 危惧される問題として営業実績至上主義にあるのではないかと思えてなりません。その実態は、読者が想像する以上に過酷な現実があります。今回問題となったフルキャストだけでなく、他社も大同小異であると考えられます。記者が同業他社から聞き及んだ営業実態は凄まじいものです。

1)日々ノルマを課せられ、ひたすら企業訪問をする外勤営業担当者

 毎朝のミーティングで、昨日の結果と今日の行動予定を報告します。はっぱをかけられた営業担当者は企業訪問数・契約目標を背負って企業回りにでます。企業回りを一日数十件、足を棒にしてひたすら受注を目指します。派遣社員のニーズが、朝なくても午後にはあるかもしれないことから一日に複数回訪問することもざらです。断られても断られても、テリトリーの企業訪問を続けます。そして、社に戻ると一日の実績報告が待っています。目標に到達できない者は、ミーティングの席上で上司から叱責を受けます。この繰り返しが日々続きます。このため、この業界の離職率が他に較べ高いと言われています。

2)求人内容を確認しながら営業もする、社内営業担当者

 外回りの営業から順次受注情報が入ります。その報告を受けて、仕事の内容確認や契約内容を確認して求人情報として起票入力するのが社内営業担当者です。この時、営業から受けた仕事以外にも派遣の可能性がないか営業をかけることから社内営業などと呼ばれます。ここで、本来きちんと確認されなければならない職種や就労場所があやふやであると後で問題が発生します。今回はこの部分で手違いや誤認があった可能性が大です。また、詳細な条件を記入すればするほど派遣の機会損失となり兼ねず、実績に響くことから「うん?」と思っても明らかな労働者派遣法の抵触事項がない限り求職情報としてエントリーされます。

3)派遣先企業(現場)担当者も営業の戦力

 当日、指定場所で登録者の確認や仕事の内容・注意事項などを説明し、派遣先に労働力を届ける仕事を担います。普通はこの時に、現場を確認し派遣法に抵触しないかを判断します。ところが、派遣先の説明を鵜呑みにして現場など確認しないことが多々あります。更に又、現場担当者であっても、追加の可能性や明日の派遣ニーズなどを聞き出すという営業の仕事が課せられています。

5)1年365日、支店間競争で数字に追われる支店長

 全て数字がものを言います。日毎・月毎・3ヶ月毎・6ヶ月毎と売り上げ実績が最優先されることから、死に物狂いで受注に奔走します。勝ち負けの世界ですから、年齢は関係ありません。都心の支店では、20歳台の支店長がたくさんいます。体育会系のにおいの強い職場で、相当の強心臓の人でも圧倒される雰囲気があります。昇進・降格・左遷は日常茶飯事です。入社時研修で学んだ法令遵守・コンプライエンスなどどこ吹く風にならざるを得ません。

 数字を負わされる各担当者が、現場(派遣先企業)の実態を精査して就労可能かなど調査していられないといった現実がそこにあるのではないかと思います。派遣先企業との馴れ合いや癒着にも問題です。営業一辺倒で事業が展開されている派遣会社では、今回のケースのように「仕事の内容」や「就業場所」が二の次になっていないかといった疑念が生まれます。

 派遣労働者に対する研修、派遣先企業に対する説明会といった本来きちんとすべき事柄がされないまま多くの派遣労働者が今日も働いているとしたら、第二の事件が発生すること間違いなしです。この事件を契機に労働者派遣法の趣旨に則った、健全な派遣事業の遂行を事業者にはお願いしたいものです。【了】

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