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2008年4月29日 (火)

痛勤快適・手ぶら通勤のすすめ(あなたは手ぶら派?それともカバン派?)

新学期がスタートして約1ヶ月、駅構内で右往左往していた新入生達もやっと落ち着いた様です。童顔にピカピカの制服とカバンがなんとも初々しく、思わず「頑張って!」と声をかけたくなります。

そのカバンですが、何となく習慣として持ち歩いているビズネスマンが多い気がします。さしたる必要性も無く、中身が少し入っているだけという人はいませんか?

記者のある日のカバンの中身です。

携帯電話、ボールペン、小型カメラ、メモ用紙、名刺入れ、本、新聞、鍵でした。

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これをA4版収納型の黒カバンに入れ持ち運んでいました。カバンはビジネス用ですから幅も深さもたっぷり、小物を入れても隙間だらけです。習慣的にカバンを持ち運んでいました。

ある雨の日、カバンを置いて傘だけで出勤しました。

まず傘をたたむのがとても楽です。水滴を払うハンカチの取り出しも苦になりません。濡れたカバンに気を使う必要がないので、車内では傘だけに神経を集中すればよく、快適です。もし階段で滑っても体制は万全です。

この日を境に手ぶら通勤を心掛けています。手にしているのはせいぜい新書1冊です。今の時期なら、小物は背広にほとんど納まります。

書類を持ち運ぶなどカバンの利用が避けられない時は別ですが、「習慣」でカバンを利用している人に提案です。

手ぶら通勤をしませんか!

手ぶら通勤の利点を記者の経験からピックアップしてみました。

1)健康に良い

手が足に連動して動くため姿勢良く、早く歩けます。重いカバンは、片方に重力がかかるため、肩こりの原因にもなります。ただ、空いた手をポケットに入れると猫背になりますのでお勧めできません。

2)車内の混雑緩和に役立つ

通勤時、網棚はいつも黒カバンで一杯です。各人が持つカバンが減れば、絶対的な容積が減りますから混雑緩和に役立ちます。足元に大きなカバンを置く人(特に学生さん)がいますが、足元の大きなカバンは乗降時とても危険です。つまずきそうになったという人もいるでしょう。危険防止にもなります。

3)他人に迷惑がかからない

雨の日など濡れたカバンを押し付けられて嫌な思いをした人も多いはずです。また硬いカバンが脛にあたり痛い思いをした人も一人やふたりではないでしょう。背中のリックサックは多くの人にとって迷惑です。

手ぶら派は誰にとっても歓迎されること間違いありません。

あなたも、手ぶら通勤の仲間入りをしませんか。

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初夏の風物詩(第21回泳げ鯉のぼり相模川)

 神奈川県相模原市田名の「泳げ鯉のぼり相模川」は、相模原市の初夏のイベントとして定着した感があります。子供達が逞しく立派に成長することを願って1966年から始まり、今では近郊各地から多数の家族連れで賑わうゴールデンウィークの一大風物詩となっています。

 今年で21回となる「泳げ鯉のぼり相模川」は、4月29日から5月5日まで開催されます。JR横浜線の相模原駅から神奈川中央交通バスで、約30分程のところに特設会場があります。初日の29日現地を訪れてみました。

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相模川に架かる高田橋横の河原から対岸へ5本のワイヤを張り、そのロープに繋がれた1200匹ほどの鯉のぼりがそよ風に泳ぐ、その壮観さが売りものです。約1200匹の鯉のぼりと言われてもなかなか想像しにくいものです。実際見てみると、普段目にすることのないそのスケール感に圧倒されます。赤や青、黄色や緑色など原色に染まった鯉のぼりが新緑の緑に映え鮮やかです。

朝方の曇天が9時過ぎには強い陽射しになりました。相模川を渡る風に吹かれて1200匹の鯉のぼりが元気にたなびき、勇壮な群泳を披露してくれました。

泳ぐ鯉のぼりの姿を遠くから眺めていると、まるで川面を泳ぐ鯉の大群に遭遇したかの様に見えます。河原に降りて真下から見上げる鯉も迫力があって素晴らしいですが、少し離れて対岸の緑を背景に見るのもお勧めです。

たくさんの露店が出て、頭上に泳ぐ鯉のぼりを見上げながら食事をする人で賑わっていました。また散策を楽しむ人や親子連れが泳ぐ鯉のぼりをバックにお子さんとカメラに収まる姿があちこちで見られました。

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空は真っ青に晴れ渡り、その青空を背景に見る鯉のぼりは誰の目にも力強く感じたことでしょう。子供達の成長祈願に相応しいイベントで、大人も一緒に楽しめます。

川面の爽やかな空気と鯉のぼりの群泳を求めてお出かけになってはいかがでしょうか。川原は大小の石で歩きにくいため、踵の高いパンプスはご法度です。【了】

相模原市観光協会公式ページ

http://www.e-sagamihara.com/event_oyogekoinobori.html

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2008年4月19日 (土)

咲き誇る八重桜に春の名残(横浜市港北区太尾堤緑道)

 新横浜駅から歩いて数分、横浜市港北区の中央部あたり、鶴見川右岸に太尾町という街区があります。港北区役所があるところで、区民には馴染みのある緑道です。

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緑道内に設置された解説によれば、鳥山川だった太尾堤排水路を埋め立てて緑道にしたもので、太尾新道の歩道としての役割を果たしています。北側には遊具類を設置した広場が設けられ、近所に暮らす子どもたちのための遊び場となっています。

約1kmの緑道に咲く、八重桜が満開です。横浜では既に葉桜となった市内の名所とは対照的に咲き誇っています。春の名残を告げる太尾新道の八重桜に道行く人々は思わず歓声をあげていました。

広場では、子供達が満開の桜の下で無邪気に戯れていました。子供にとっては桜よりも遊戯の方が楽しいようで、追いかけっこに興じていました。

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八重桜の根元には、つつじの蕾が群れ季節の交代を告げているようです。【了】

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ハローワーク求人に異議あり!(年齢の壁に泣く団塊世代)

 団塊世代の多くの人にとって、再就職は最大関心事でしょう。

 団塊世代の定年退職が本格化してきました。めでたく定年を迎え、「毎日が日曜日」を満喫している羨ましい環境の方は別として、再就職を希望しながら果たせず、日々悶々としている方にとっては地獄の毎日です。

 2007年9月「今こそ雇用者側の意識改革を!」能力ある中高年のチャンス-10月1日から改正雇用対策法-という記者の記事がオーマイニュースに掲載されました。果たして変革はあったのでしょうか。その後を検証してみました。

 厚生年金の支給年齢(65歳)まで働きたいあるいは働かなくてはならない人にとっては絶望的な雇用環境です。雇用環境が改善されたといいてもそれは若い人に当てはまる言葉で、依然として過酷な就職難が続いています。知人のひとりは、昨年60歳定年を迎えた、ピカピカの定年退職者です。前職のキャリアを生かすのが一番と品質管理・品質保証職を求めて毎日応募書類を送り続けてきました。

 ハローワークで希望職種をやっとのことで見つけ出し、いそいそと履歴書を紹介状に添え応募しても「残念ながら貴意に沿いかねます」と決まり文句の文書が返送されてくるばかりです。応募先は優に30社を超えました。仕事の内容に対して求める経験・スキルは十分と自信を持って奔走すること6ヶ月、最初の元気はどこえやら、息切れがして諦めの境地だと言います。「断りの理由が納得いかない」とこぼしています。世話になっている再就職支援会社から聞いた話では、書類選考不可の理由の第一が「年齢」だそうです。多くの場合、資格やスキル不足ではなく「高年齢者お断り」「35歳まで希望」の実態がそこにはあるのです。

 ハローワーク担当者も採用担当者も無駄な労力と時間を使っていると言えます。性別不問・年齢不問と書いているからには、ハローワークの担当者は、老若男女を問わず希望する人全員を紹介し、採用担当者も応募者全員を選考せざるを得ません。こんな理不尽なことがあっていいのでしょうか。高齢者を採用する気などなく、形だけの選考がまかり通っています。転職者を欺いているといっても過言ではありません!

 無駄な作業を延々と続けていると自分が惨めになってきます。「書類選考の結果、不可」でしたという、キャリアの否定にも等しい事実が自己の否定につながり、どんどんマイナスのスパイラルに陥り、精神疾患の一歩手前になる人もいます。

 ハローワークの求人票には、ほんの一部を除いて年齢不問または59歳までとなっています。誰でも応募できるということです。しかしながら「高齢者も応募はできるが採用はしない」という企業側の都合は見えません。はじめから徒労に終わることを知っていながら応募を勧めるハローワークの担当者は何を考えているのでしょうか。男女不問・年齢不問を行政指導した当局は、知っていながらしらんぷりです。いっそのこと、元に戻し希望年齢を記載したらどうでしょうか。もし年齢記載ができないなら、経験・スキルの記入欄をもっと充実すべきです。

もういい加減に騙しあいは止めませんか?

 はなから相手にされない企業に紹介状を今日もせっせと送り続けている定年退職者の気持をハローワークの担当者、そして採用担当者はなぜ理解してくれないのでしょうか。【了】

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2008年4月13日 (日)

葬送のひとつの選択-散骨-

息子に「さよなら」を言ってから2年余りが経過した。

意思を尊重して散骨という馴染みのない葬儀を行うべきか行わざるべきかを考え抜いて、2年余りを過ごしたことになる。

親より先に逝くなど考えたことのなかった私には、その衝撃的なできごとが脳裏に焼きついて今でも離れない。長かったようで短かったこの間、虚無な時間が流れ過ぎ、悲観にくれた毎日であったような気がする。

あれから2年、その決心は固まった。故人の意思を尊重することに・・・。

本人の希望であった散骨をどこで行うか家族でも意見が分かれた。私は薄汚れた相模湾にはどうしても帆を進めることはできなかった。どこまでも透明な紺碧の海原でゆうゆうと海流に乗り、未知の世界に出かけることができるであろう場所を選びたかった。

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その結果、沖縄の海で挙行することにした。

4月上旬、粉骨処理された遺骨を胸に羽田から那覇空港に向う。

数年ぶりの那覇空港は、すっかり様変わりしていた。空港も綺麗になり大きくなった。そして、閑散期というのに観光客でごった返しているのには驚いた。私達とは目的の違う大勢の観光客がいかにも楽しげに語らっている光景が目に映る。こういう時が私にもあったと言い聞かせる。

その日の朝は曇天だった。今にも雨粒が落ちてきそうな気配を感じていた。那覇市のホテルを出て、海岸沿いの56号線に沿って北上する。嘉手納~北谷町~読谷村~恩納村を過ぎ車を順調に進めた。ホテルを出てから30-40分経過しただろうか。海が進行方向の左手に見え隠れする。やっぱり沖縄の海だ!匂いが違う。更に北にハンドルをとる。目的地の名護湾に着く手前で急に空が明るくなり強い陽射しが海に反射してまばゆい。

催事会社(http://www.nirai-kanai.jp/)が用意したザ・ブセナテラス(http://www.terrace.co.jp/busena/index.php)に到着したのは、ホテルを出発して2時間近くが過ぎていた。

ハウスレストランに導かれた途端、思わず声を出しそうになった。

太陽に照らされた紺碧の海と真っ白な砂浜のコントラストに目を奪われたからだ。開け放たれた海辺のテラスからの潮風が心地よい。深々と籐椅子に腰を下ろしながら静かにコーヒーを飲んでいると別天地に来たようである。どこまでも透き通った海は、私の期待を裏切らなかった。どことなく、ペナンやマレーシアの雰囲気が漂う。

チャーターした帆船ボートに乗り込む。波はなぎ、少しも揺れない。真っ白な船体が紺碧の海にマッチして絵を見ているようだ。船内に設けられた簡単な祭壇に遺影、お花、ワインが用意された。

ブテナハウス専用桟橋を出ると、右手に海中展望塔がすぐ目に飛び込んできた。カラフルな熱帯魚とさんご礁を見ることができ、神秘的な海の世界を垣間見る事ができる。その周りを鯨の形をした遊覧船が回遊している。

出航からおよそ30分、目的地の海域に到着した。眼下の海は紺碧という表現がぴったりする。真っ白な帆に深く青い海、私が描いていた場所がそこにあった。名護湾の真ん中を突っ切る形で船はさらに進む。

いよいよ散骨するポイントだ。

用意された花びら、親水性の袋に包まれた遺骨を用意する。ここでもう一度遺骨に触れてみたい衝動に駆られた。許しを得て遺骨を手にすると言い知れない愛しさに襲われた。

心の中でもう一度「さよなら」とつぶやきながら遺灰袋を海に投げ入れた。

親水性の袋が瞬く間に溶け、青い海を白く染める。色とりどりの花びらが波間に漂う。最後に、好きだったワインを流し込むと、一瞬あたりが血の色に変わった。

多くの人に助けられて育った彼は、波の彼方に消えた。もう戻ってくることはない。本当の彼を知るのは私しかいない。

葬送曲に送られながらの散骨式は滞りなく終わった。

帰港するしばらくの間、遠くの島影を目で追い、散骨ポイントを脳裏に焼き付けた。

日本古来の儀式に則った葬儀ではないため、先祖の墓に故人が入ることはない。墓誌に名前を刻むこともない。存在を知っているのは、今までに出会った多くの人々と私達家族である。そして考えた。人生の葬送をどう迎えるかは、個人の意思が尊重されるべきだと。葬送の「ひとつの選択-散骨-」が終わった。満足のできる散骨であったと自分に言い聞かせている。

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2008年4月12日 (土)

買物用無料レンタサイクル(沖縄おもろまち)

 エコロジーへの取り組みは個人・自治体・企業を問わず重要かつ深刻な課題であることに変わりありません。

様々な取り組みが全国各地で繰り広げられています。そんな中、沖縄で街中の「買物用無料レンタサイクル」に出くわしました。

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場所は、那覇空港からゆいレールで約20分ほどの「おもろまち駅」前に広がる新都心で、米軍の住宅地として接収され、戦後手つかずだった場所に郊外型のショッピングモールが立ち並ぶ近代的な商業地区です。

内閣府沖縄総合事務局 南部国道事務所との協働事業とのことで、「新都心の移動は自転車で!無料レンタサイクルやってます!」青旗が風になびいていました。

一箇所の駐車場に車を停め、ゾーン内にある他店への移動はレンタサイクルでいう趣旨で、車の移動を最小限にし付近の混雑を緩和(エコ)しようというのが狙いです。

会員登録さえすれば、誰でも気軽に無料で借りることができます。朝10時から夜7時まで、新都心内のサイクルポート(6ヶ所)に停めてある自転車を自由に使えます。

おもろまち駅前広場、NHK沖縄放送局、第一天久バス停、コープあっぷるタウン、サンエー那覇メインプレス、ベスト電器天久店の各所に5~15台の自転車が用意され、使い終わった後は電話連絡でも構わないそうです。

観光地では一部無料レンタサイクルが利用され、便利な交通手段として使われています。また奈良県のようにパークアンドライドという、市街地に駐車場を設け、無料自転車で市内観光をするといったケースもあります。

街中の買物用無料レンタサイクルは珍しく、これからの利用法と思われます。

オーマイニュースにも、「パリ市は6月13日より、レンタサイクルシステム「Velib’(ヴェリブ)」の加入申し込み予約の受け付けを開始した(柴田真紀子記者)」との記事が掲載されましたが、自転車の有効利用は世界的な傾向です。

沖縄という土地柄という条件を別にしても、自転車の放置や緩和策そして環境問題が重要視されている現在、大都市部でも検討する価値がありそうです。【了】

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