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2008年10月25日 (土)

麻生総理がどこで飲食しようが余計なお世話

 麻生総理が、連日高級レストランやホテルのバーで飲食していることがそれ程問題なのでしょうか。別にどこで食事しようが飲もうがいいではないですか。個人のポケットマネーでしていることを庶民感覚に欠けるなどと吼えている民主党や社民党の議員さん達は何を言いたいのでしょう。ただの羨望であるとしたらお笑いものです。

 一昔前までは、高級料亭に高級車を乗りつける大臣の姿がテレビに映っていました。それとどれほど変わるのでしょうか。別に目新しいことでもなく、ホテルの会員制バーは政局を語り合うには好都合なはずです。そのうち、夕食のメニューまで公表されるようになるのではと懸念します。公人だからといってもどこで飲食しようが勝手です。

 金融不安が巷で囁かれている今日、総理がどこで飲もうが食べようが、政局の舵取りを一生懸命やってもらうことのほうが重要です。野党の諸氏には他にやることがいっぱいあるはずです。【了】

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検診結果に一喜一憂はナンセンス

 企業などで毎年実施される、検診の結果を見て憂鬱になっている人がいるかもしれません。健康体と思っていたのに検診結果が悪いと、気分がすぐれません。判定結果のAだとかBだとかに拘っている人はおりませんか?一歩引いて、数値を冷静に見る必要があります。

2008_10250001 記者のもとにも、生活習慣病総合検診の結果が届きました。検診センターの判定基準があって、それぞれの項目にA~Eまでとなっています。

A:異常がありません、B:軽度の異常ですが日常生活に異常ありません、C:3~6ヶ月内の経過観察が必要です、D2:精密検査が必要です、D1:医療が必要です、E:主治医の指示に従って下さい。

判定結果を見て意外でした。判定B(軽度の異常)を含め要注意のフラッグが結構あったのです。全検査19項目のうち、B以上の判定が9項目もありました。何となく気分がブルーです。その中の一部が以下の通りです。

炎症検査 B 

白血球数91(基準値32~85)単位省略 +6

腎機能検査 B 

クレアチニン0.5(基準値0.6~1.1) -0.1

肝機能検査 B 

ALT 36(基準値0~35)+1

脂質代謝 E 

中性脂肪 185(基準値35~149) +9

基準値と見比べると極めてきっ抗していることがわかります。僅か0.1の差でも判定Bです。これは単純に基準値と比較し、範囲内にあるかどうかを見ているからです。僅かでも外れればB以上となります。

白血球数は体調によっても変化します。中性脂肪は急激に変動する項目ではないので、経過観測が必要なことは理解できます。医師はこの数字を単独で読んでいるわけではなく、全ての検査を総合して診断を下しています。

専門医にお聞きしますと、特に生化学的検査項目は、経時変化を見ることに意義があり、基準値より若干高め、低めは何ら問題ないとのことです。

検診結果に一喜一憂することなく、定期的に検診を受けることに意義がありそうです。【了】

追記:PJニュース投稿記事

http://news.livedoor.com/article/detail/3873971/

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2008年10月21日 (火)

尊厳死は日本に根付くのか(日本尊厳死協会第31回年次大会開催)

 尊厳死とかリビング・ウイルという言葉を耳にしたことがあると思います。

内容の詳細は尊厳死協会にゆだねるとして、その会員数は約12万人とのことです。人口動態統計によると年間死亡者数が100万人を超えるという中にあって、会員数が意外に少ないと感じるのは私ひとりでしょうか。未だそれだけ普及していないとも言えます。

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10月19日(日)、有楽町朝日ホールで開催された「日本尊厳死協会 第31回年次大会」に参加しました。午後1時から開かれた会場には、高齢者を中心に約600名ほどが参加しました。冒頭、協会理事長の井形昭弘氏から最近の動きについて説明があり、続いて作家の加賀乙彦氏による「尊厳死と日本人」と題しての講演が行われました。

【協会の現状と課題】

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2008年9月末現在、会員数は121,820人で、大多数は女性であり、東京・神奈川の会員が大部分です。核家族化の進んだ都市部の高齢者が中心とも考えられます。全体の38%にのぼるそうです。農村過疎部で会員が少ないのは、家族構成や地方の因習などによるのではないかと考えられます。

主たる財源は会員から徴収する年会費で、総収入は1億8千4百万円あまりになっています。しかし、毎年赤字で余剰金の繰越で何とか賄っている状態です。財源の捻出にかなり窮している現状がうかがえます。

懸案である、尊厳死法制化作業も停滞気味で遅々として進んでいないとの報告がありました。一時期注目の的であった尊厳死の法制化ですが、なかなか現実味を帯びてきません。

目下の最大の課題は「会員をどう増やすか」であり、会員紹介を積極的に展開しようとしています。緩和医療やホスピスの普及に伴い、尊厳死を受け入れる土壌が整ったとして、会員自らが1人2人と紹介することで会員の輪を広げて欲しいとの要請がありました。これで会員が本当に増えるのでしょうか?

【尊厳死は根付くのか】

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加賀乙彦氏は講演の中で、安楽死と尊厳死とは限りなく近いものとの認識を示されました。日本人の多くは、安楽死=殺人=尊厳死という思いが強く、尊厳死は安楽死に繋がっているのではないかと話されています。

「尊厳死は人口呼吸器をつけるかどうかから始まる。医師は必ず患者を前に家族に装着希望の意思を聞く。同意したら最後、人口呼吸器を外すことはできない。外そうものなら医師は殺人罪で訴えられることになる。器械で動かされる生命、まさに尊厳死に同意する人が最も嫌う人口チューブに繋がれた惨状がそこに繰り広げられる。延命至上主義により、命の操作が可能となった現在、尊厳死を望む人にとって、とりうる最大の手段は、宣誓書の作成と家族への告知が必要不可欠である」と説いていました。

医師は1分1秒でも命をながらえることに没頭し患者を救おうとします。病気は治せても患者の気持ちは治せないと言われる所以です。QOLがといっても、医師と患者が対立軸にある限り(いつまでも平行線であれば)「尊厳死」などありえるのでしょうか。

尊厳死とは何かと問われ、概念は語れても実行に移すとなると様々な障害に突き当たってしまう現実。また、死生観の考え方は百人百様といわれます。それだけ一筋縄ではいかないのが尊厳死というものなのでしょう。

尊厳死を望む人は、不治の病や事故などで死が避けられない状態になった時、個人の死生観を尊重してくれるよう、元気なうちに宣誓書を書き綴り、身近な家族には自分の気持ちをしっかり伝えておくことが最低限必要なことのようです。

興味深いのは、会員の大半は女性だそうで、生命の誕生にかかわった女性が、「終焉の時」に強い関心を示しているのは何を意味しているのでしょうか。

死に向き合う時、人間はいかなる心境になるのか。私だけは安らかな死を迎えたいと思う人は今から心の準備が必要なようです。【了】

追記:

ライブドアニュースに掲載されています。http://news.livedoor.com/article/detail/3866711/

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2008年10月18日 (土)

パブリック・ジャーナリスト宣言

 オーマイニュースの実質的な廃刊に遭遇し、今後歩むべき道を模索してきました。

市民記者の活躍する場として、JUNJUNやツカサネットなどの存在があります。そちらへの鞍替えを検討しましたが、なにかフィーリングが合わず悶々とする日々でした。約2ヶ月間の熟考の末新たな着地点にたどり着きました。

書店でみた「パブリック・ジャーナリスト宣言」小田光雄著 朝日新書にいたく感銘を受けました。以前何かの会合でお目にかかったことがあると記憶しています。氏の唱えるパブリック・ジャーナリストこそが私の求めていたものでした。

PJニュースより、ジャーナリスト修了試験に合格した旨の連絡をいただき、パブリック・ジャーナリストとして再出発することになりました。

試験で課せられた「あなたのジャーナリスト宣言」を以下の通り掲げました。再出発の心意気を感じていただければと思います。

①組織や金銭にとらわれず、自分の知識・経験をリファレンスとして、身近な社会のできごと(怒り・悲しみ・喜びなど)を正確に捉え、己の意見を一般市民に発信し続ける。

②製薬、医療、保健を中核テーマにおき、製薬企業・医療施設・保険制度・医療事故などに関する様々なできごとを市民にとって有用で且つ必要と思われる情報を提供する。

③自己の信念に基づき、自己の意見・意思を明確に述べる。傍観者的な立場ではなく、ことの事実をありのまま伝えると共に己の考えを明らかにする。

④「パブリックによる、パブリックのためのパブリックの統治によるパブリック・ジャーナリズム」を自ら実践する。

⑤パブリック・ジャーナリストの活動を通じて、自己の社会貢献の一環とすると共に自己実現を図る。

掲げた宣言を実行すべく、記事を書き続けます。【了】

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どうしてできない、処方薬の有効期限表示

 医師から処方される薬には有効期限の記載がありません。その飲み残した薬を家庭で保存している人が多いのではないでしょうか。

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患者の症状によって医師から渡される薬は、普通3日分とか1週間分とかが処方され、その期限内に飲みきるのが本来の姿です。患者の独断で用法用量を変更してはいけないことは十分承知です。

市販薬は、外箱やくすり瓶などに必ず有効期限(expire date)が記載されているのに処方薬にないのはどうしてでしょうか。

実は、処方薬にも有効期限はあります。処方薬は一般的に大容量(100錠とか500錠など)包装された状態で納品され、その箱や容器には必ず有効期限が付記されています。

小分けされた薬が医療機関から患者に処方されるため、医師や薬剤師は知っていますが、患者である私達が知らないだけです。

多くの皆さんが、薬の留め置きをしていることでしょう。つまり、残った薬を保存し次回の不測に備えようとすることです。これは、原則勧められることではありません。その時々の症状に合わせ処方されることに処方薬の意味があります。

ところで、もし処方薬に有効期限が書かれていればどうでしょう。安心して服用できますし、薬の有効利用にもなります。もちろん、保管方法にも十分な注意が必要であることは言うまでもありません。

このようなことを書くと薬の本質がわかっていないとお叱りを受けることでしょう。

しかしながら巷には、処方薬の有効期限に関して様々な情報が溢れています。製薬会社のホームページには残った薬の保管方法が載っています。また、別のサイトでは剤形ごとの保存目安が記載されています。医師や薬剤師は立場上、薬の保管には賛成しませんが、現実には多くの人が薬の留め置きをしています。こんな曖昧な状態でいいのでしょうか。

厚労省の通達によれば、特定の薬(抗精神薬や向精神薬、新薬承認後1年未満の薬など)を除いて90日間処方が認められています。特に慢性疾患に用いられる薬は60日または90日処方が認められています。

多くの薬は製造後1-2年は有効成分に変質はなく、効能効果もあるとされます。これらの薬をじゃぶじゃぶ捨てるのはいかにももったいない話です。医療費、なかでも薬剤費の抑制が医療費抑制の柱となっている日本においては、余分な処方はしないことを最優先として、残った薬を有効利用することは必然であり、その対策を立てるべきです。

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以下に改めてはどうでしょうか。

①最少包装(例えば錠剤毎)に有効期限を記載する

主として慢性疾患に使用される薬や安定性に優れる薬には必ず最少包装まで有効期限を記載する。残った薬を服用する場合には、用法・用量を再確認し、できれば薬剤師の判断を仰ぐ。

②初診時に飲んでいる薬を申告する

風邪を引いた時、市販薬を飲んでいっこうによくならない場合に医療機関を訪れるケースがほとんどでしょう。その時、感冒薬を飲んでいるかを医師に伝えます。同様に留め置き薬を飲んでいる人は必ず申告することを義務化します。

③残った薬の保管方法を周知徹底する

残った処方薬のじょうずな保管の仕方を厚労省や医師会・製薬工業会などが積極的に広報活動を行う。留め置きできる薬とできない薬をはっきりさせ、保管方法を明示する。

④その対象をジェネリック医薬品とする

ジェネリックは既に長い間使用され、効能効果はもちろん副作用の少ない薬であることが証明された薬であり、保管方法に関しても十分な経験と蓄積がある

食の安全が強く叫ばれている今日、食品と同じように処方薬にも有効期限を明示することを義務付けるべきではないでしょうか。段階的に将来は、全ての薬に有効期限が記載されることを期待したいと思います。建前論だけに終わるには余りにも大きな問題です。【了】

PJニュース投稿記事:10月大賞受賞

http://news.livedoor.com/article/detail/3865148/

http://news.livedoor.com/article/detail/3867269/

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