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2011年1月31日 (月)

今年で10回目を迎えたNECチャリティコンサート-横浜-

 1月30日、横浜みなとみらい大ホール(横浜市西区)で、第10回NECチャリティコンサート~吹奏楽によるロシアの響き♪~が催されました。みなとから吹き寄せる冷たい浜かぜとは対照的に、快適な会場内は美しい調べに包まれました。

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(写真:横浜みなとみらい大ホール、囲み型シューボックス型[残響時間 2.1秒 (満席時)]で、2020席の収容能力があります。同ホールHPより)

 今回の開催目的は、「あしなが育英会」の活動資金として役立てることです。誰もが知っている「あしなが育英会」は、病気や災害、自死(自殺)などで、親を亡くした子ども達や、親がやむを得ない理由により働けない家庭の子ども達を「物と心」の両面でサポートし、子ども達に進学の夢を与え、心のケアをする民間非営利団体です。挨拶に立った、ご自身も遺児だという会の関係者は、「多くの方々の励ましがあってこそ存続できる」と訴えておられました。

 NECは全世界のNECグループ会社・社員が参加する社会貢献運動"NEC Make-a-Difference Drive"を1999年より実施しており、このコンサートもその一環として開催されました。社会貢献には、フィランソロピー、メセナ、チャリティ、ボランティア、スポンサーリングなど様々な活動があります。中でもチャリティは、イギリスで浸透したもので、教会を中心に行われる慈善活動および貧者や弱者救済のための寄付活動を意味しているといわれています。

 出演したNEC玉川吹奏楽団は、NEC社員によって構成され、全日本吹奏楽コンクール職場部門 金賞受賞など、数々の受賞歴に輝くすばらしい楽団です。パガニーニの主題による狂詩曲(S.ラフマニノフ)、バレエ組曲「くるみ割り人形」より(P.I.チャイコフスキー)、ミュージック・オブ・ディズニーランド(Jブルベイカー編曲)などの名曲が演奏されました。

 当日は、趣旨に賛同する吹奏楽ファンが押し掛け、会場入り口で募金を呼び掛けるスタッフのもとにはたくさんの善意が寄せられていました。【了】

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2011年1月25日 (火)

私に選挙は関係ないという人へ!明るい選挙推進大会

 25日、統一地方選挙(4月10日)に向けて、横浜市港北公会堂で「明るい選挙推進大会記念講演会」が開催されました。インターネットで検索すると多くの自治体でも同種の活動が行われています。次の選挙で誰に投票するかで政治の流れが変わります。講演会の模様をレポートしました。

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港北公会堂で行われた記念講演会には、選挙に関心のある、およそ300人の区民が参加しました。地方選挙のみならず混迷する政局にあって、いつ選挙が行われてもおかしくない状況です。

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(写真:ユーモアたっぷりに政局を語る三反園氏、ご自身もおっしゃっていたが、かなりの早口で、ダジャレも得意?政界の裏話に熟知しており、個別に話したらもっとおもしろいかもしれません。港北公会堂にて撮影)

講師の三反園 訓(みたぞのさとし)氏は、「これからの政治と日本の将来」と題して講演を行いました。テレビ朝日のコメンテーターとしても知られ、1980年早稲田大学卒業後テレビ朝日で政治記者として活躍されてきました。その豊富な経験から選挙にかける思いを語っていました。

■今後の政局について

 現在の政局について氏特有のジョークを交え、これまた氏のトレードマークである早口で、約1時間の熱っぽい話でした。時の首相である菅総理は、石にかじりついても長く政権を担当したいとの思いから、自ら辞任することはないだろう。新年度予算が通っても関連法案が通らなければ苦境に追い込まれる。今後の政局のカギを握るのは公明党で、一枚岩でない公明党の対応次第で政局は動くかもしれない。菅政権が立ち往生した場合でも、国民の支持率が30%を維持するようなら、現政権がだらだら続く可能性も否定できない。

■政治は国民に「安心」を与えること

 政治の務めは、国民の不安(年金や社会保障制度)を取り除くことであり、できないことを公言しておきながら何もしないというのは無責任。昔の政治家は、できないことは言わなかった。最近の政治家(民主党)は、できないことをできると言って知らん顔。これでは国民から支持されない。今は政治屋が多く、政治家が少ない。政府と国民との信頼関係が大切で、今の日本に欠けている。

■俺に選挙は関係ないという人へ

 若い人の中で「俺には政治は関係ない」から投票しないという人がいるが、実は好むと好まざるとに関わらずに、政治が自分の生活に関わっており、避けたくても避けようがない。選挙を自分にとっては関係ないと思うのは大間違い!税金にしても、社会保障にしても国民や市民が選んだ人が決めている。どうして自分には関係ないと言えようか。

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港北区の場合、投票率は長らく低迷(55%前後)しており、更なる投票率向上に種々の方策を打つことになりました。最後に「総理大臣になるための「5条件」は、「見ため・雰囲気」「言葉・心に響く訴え」「ぶれない・ビジョン」「体力・耐力」「持って生まれた運」だそうです。【了】

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「低分子医薬からバイオ医薬へ」日本学術会議シンポジウム

 1月21日、日本学術会議講堂で「バイオ医薬品の新たな潮流」と題するシンポジウム(主催:日本学術会議薬学委員会生物系薬学分科会)が開催されました。大学、研究機関、メーカーなどの専門家約140名が参加、今後のバイオ医薬品開発の方向性を熱心に討議しました。

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(写真:会場となった日本学術会議建物外観、一階に300名収容の講堂があります。円形階段教室の作りで、立派な肘掛椅子が配列されています)

 バイオ医薬品とは、バイオテクノロジー(組み換えDNA技術、細胞融合法、細胞大量培養法など)で製造される医薬品です。従来の医薬品とは異なる特質を持っており、1)組み換えDNA技術によるたんぱく質性医薬品(ホルモン、酵素、抗体など)、2)遺伝子治療に用いる遺伝子組み換えウイルス、3)培養皮膚などの細胞性治療薬、4)RNAやDNAの断片そのものを用いる核酸性医薬品などが知られています。1985年、国内最初に承認されたバイオ医薬品は、組み換えDNA技術によるヒトインスリンでした。バイオ医薬品に関する期待は高く、国際競争力が激化しています。

最新のバイオ医薬品の開発状況を知ろうと、バイオ領域の専門家が会場となった日本学術会議講堂に詰めかけました。

●バイオ医薬品の新たな展開と国民の期待

国立医薬品食品衛生研究所の山口照英氏は、「バイオ医薬品の新たな展開と国民の期待」と題する講演の中で、『21世紀に入ってバイオ医薬品開発が加速しており、今後世界市場における新薬の約30%がバイオ医薬品になるだろう。バイオ医薬品拡大の大きな要因は、モノクローナル抗体医薬品(抗体医薬品)や改変たんぱく質医薬品の開発が急速に進む。再生医療における細胞治療医薬品の開発やがんワクチンの開発、核酸医薬品や遺伝子治療などの開発もめざましく、バイオ医薬品開発による画期的な治療法に寄せる国民の期待は大きい。開発にあたって今後クリアすべき様々な技術的課題があるが、中でもバイオ医薬品は高価で、医療における対費用効果は今後の大きなテーマである』と述べていました。

●日本発の抗体医薬品第一号「トシリズマブ」

株式会社中外製薬の大杉義征氏は、自社で開発した「トシリズマブ」に関する製品を紹介しました。キャッスルマン病治療薬としてヒト化抗ヒトIL−6(インターロイキン6)レセプターモノクローナル抗体トシリズマブ(遺伝子組換え)が2005年4月11日に国産初の抗体医薬品として承認され、(注:キャッスルマン病は、1956年に報告された極めて稀なリンパ増殖性の疾患)2008年4月には間接リウマチと全身型若年性関節炎の治療薬として適応追加承認を受けたものです。その開発プロセスを振り返りながら、サクセスストーリーを披露しました。講演の最後に、画家ルノワールが間接リウマチ患者であり、後年は不自由な手に絵筆を縛り付けてキャンパスに向かっていたエピソードを紹介されました。不治の病と言われた感節リウマチは圧倒的に女性が多く、それまでは痛みを抑えることでした。トシリズマブ登場により、「痛みを抑える治療から治す治療へ(関節破壊を止める時代へ)」と大きな変革を遂げたと報告しました。

●バイオ医薬品による疾病治療の最適化を目指して

大阪大学薬学研究科医薬基盤研究所毒性学分野教授 堤 康央氏からは、がん、糖尿病、高血圧、認知症、免疫疾患という五大疾患や種々の難知性疾患に対する画期的医薬品の開発をめざして、創薬プロテオミクス研究(タンパク質の質量分析解析)の現状が紹介されました。『研究成功の鍵は、1)数多くの発現変動蛋白質の中から「疾患・薬物治療バイオマーカー蛋白質」や「創薬ターゲット・医薬品シーズ蛋白質」となりうる候補蛋白質をいかに絞り込み、バイオ医薬品として如何に有効活用するかにつきる。このためにはDDS(ドラッグデリバリーシステム)技術の開発と有効で安全な阻害分子を如何に迅速創出できるかが鍵となる』と語っていました。

この他、「機能性オリゴ核酸を用いた創薬とそれを支えるDDS技術」「抗体医薬品の品質・安全性評価の新潮流」「喘息における分子標的治療」などの専門テーマが討議されました。化学合成による低分子医薬からバイオ医薬へと大きく舵を切ろうとしている現在、バイオ医薬品の新たな潮流に大いなる期待が寄せられています。【了】

※ライブドアPJニュース

http://news.livedoor.com/article/image_detail/5292937/?img_id=1676423

※医療NEWS

http://www.news-medical.jp/%e5%8c%bb%e8%96%ac%e5%93%81/16408.html

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2011年1月23日 (日)

一枚の写真に賭ける!2010年報道写真展記者講演会-横浜-

 22日、2010年報道写真展記者講演会が日本新聞博物館(横浜市中区)ニュースパークシアターで開催され、日頃から報道写真に関心のある市民100人あまりが写真記者の話に聴き入りました。

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(写真:講演会場の日本新聞博物館旧館、現在は後方の情報文化センターと一体化されています。平成23年1月22日 日本大通りにて)

 この催しは、昨年の「東京写真記者協会賞」および「一般ニュース部門賞(海外)」を受賞した写真記者による講演会で、講師は、東京写真記者協会賞受賞を受賞した大山文兄氏(産経新聞東京本社写真報道局)と、一般ニュース部門賞(海外)受賞の梅村直承氏(毎日新聞東京本社編集局写真部)が務めました。

大山氏の受賞作は、「生物多様性~支え合ういのち」(産経新聞2010年1月10日付掲載) で、1年を通して絶滅危惧種などの一瞬の表情をとらえ、生物多様性を身近な問題として伝えたことが評価されたものです。また、梅村氏はハイチで遭遇した赤ちゃんと母親の情景を捉えた「わずか13日間の命 ハイチからの報告」(毎日新聞2010年1月31日付朝刊掲載)が評価されたものです。

両記者の話から、一枚の写真が日の目を見るまでには大変な苦労と、「写真に賭ける記者の思い」が込められていることが良く伝わってきました。

●一枚の写真には写真記者の意思が込められている

 大山記者は絶滅危惧種を対象に取材し、もの言わぬ動物を相手に「動物の生きている表情」にこだわり続けました。梅村記者は「子供たちの姿」を追い続け、受賞作のフレディくんと母親を写真におさめました。問題提起を伝える一枚の写真かどうかが価値を決めると述べていました。一方で、自分が「これだ!」と思った写真が必ずしも報道されるわけではなく、自分の意思とは関係なく、写真が差し替えられることもあるそうです。

●写真の裏には苦難と努力が隠されている

 大山記者は、ひたすら忍耐であったと語っていました。一枚の写真を撮るのに5日間を費やしたこともあったそうです。思い通りの写真を撮ろうとすれば、人・もの・金が必要になることも付け加えました。ハイチでの取材で梅村記者は、暑さ対策・食糧確保・交通手段・現地通訳など、これらが日々頭痛のタネで、その対策には相当苦労したようです。

 討議の中で、映像の台頭が写真を凌駕するかという話がありました。将来、映像の画素数がカメラに追いついた時、動画を切り取ればいつでも好みの写真を好きなだけ入手でき、写真記者が脅かされるのではないかという議論でした。「自分の撮りたい写真を自らの意思でシャッターを切ること」が写真記者であるということで落ち着きました。尚約280点を紹介する、「報道写真展」が3月6日まで開催されており(一般500円・月曜休み祝日の場合は翌日)、東京写真記者協会加盟の新聞・通信・放送34社の写真記者が、2010年に撮影した報道写真を見ることができます。筆者がゆっくり見て、約1時間でした。この他、新聞の歴史を学ぶコーナーもあります。【了】

※ライブドアPJニュース

http://news.livedoor.com/article/detail/5288914/

お詫び:記事中、「梅村記者」とすべきところ「上村記者」となっておりました。お詫びして訂正します。

■参考情報

日本新聞博物館HP http://newspark.jp/newspark/index.html

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2011年1月21日 (金)

かながわ散歩みち(番外編)新東京美術館から六本木ヒルズへ

 かながわ散歩みちの番外編です。日差しがあるものの、しばれる冬空の午後、乃木坂から六本木へと足を伸ばしました。東京メトロ「乃木坂駅」~新東京美術館~乃木神社~東京ミッドタウン~六本木交差点~六本木ヒルズ~地下鉄「六本木駅」までのコースです。

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■国立新東京美術館

 建物の外壁のユニークさに度肝を抜かします。エントランスロビーのアトリウムは21.6mの天井高で、透明で大波のようにうねる外壁面が特色です。それもそのはず、黒川紀章氏の設計です。日射熱・紫外線をカットする省エネ設計でありながら、周囲の森と共生する建築がなんともいえない雰囲気を醸し出しています。建物だけでも必見です。

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国立新美術館は、コレクションを持たず、国内最大級の展示スペースを生かした多彩な展覧会の開催、美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、教育普及など、アートセンターとしての役割を果たす、新しいタイプの美術館です。内外から人やモノ、情報が集まる国際都市、東京に立地する美術館として、「美術」を介して人々がさまざまな価値観に触れる機会を提供し、相互理解と共生の視点に立った新しい文化の創造に寄与することを活動方針にしています。(美術館HPより)

【道案内】東京メトロ乃木坂駅③出口から319号線に出て、日本学術会議前を進んで直ぐ右手

■乃木神社

 1912年(明治45年)7月30日、明治天皇が崩御せられ、大正元年9月13日に御大葬が行われました。同日、御霊轜(棺を乗せた車)が宮城出発の号砲が打たれた午後8時過ぎ、乃木希典将軍と妻静子夫人は先帝に殉じて自刃を遂げてしまいました。このご夫妻の忠誠心に感激した国民は、こぞって乃木邸を訪れるようになったということです。時の東京市市長阪谷芳郎男爵が発起人となり活動をした結果、1919年(大正8年)、乃木神社創立の許可がくだり、1923年(大正12年)11月1日鎮座祭が斎行されました。

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1945年(昭和20年)5月25日未明の空襲により本殿以下社殿を悉く焼失しましたが、戦後全国の崇敬者の熱意により、1962年(昭和37年)9月13日御祭神50年祭に合わせて本殿・幣殿・拝殿が復興されました。境内には、自刃した場所に石碑があります。

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【道案内】駅まで戻り、乃木坂鉄橋を利用して、①番改札口に出ます。413号線沿い直ぐ右手。旧乃木邸も同じ敷地内にあります。

■東京ミッドタウン

 2007年3月30日、六本木で開業した東京ミッドタウンは、ホテルザ・リッツ・カールトン東京、サントリー美術館など130に及ぶ商業店舗、オフィス、住居、病院、公園などが集約された複合施設です。ミッドタウンのコンセプトは、働くこと、住まうこと、遊ぶこと、憩うこと、この街はそのすべてが一体となった複合都市を標榜しています。

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「オフィス、ホテル、公園、美術館といった施設 は、それぞれが高い機能性を備えているのはもちろん、互いを受け入れあい、刺激しあい、結びつくことで、何かが生まれる」この多様な機能(Diversity)によるシナジーこそ、この街の顔。あたらしい価値を創造する一歩先ゆく都市のカタチなのです。(東京ミッドタウンHPより)

【道案内】乃木神社を出て、外苑東通り(319号線)を六本木交差点に向け直進。ものの5~6分で左手がミッドタウン

■六本木ヒルズ

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 六本木ヒルズはただの商業施設ではなく、21世紀の都市づくりへの思いを結実させ、東京に新しい「文化都心」を生み出すことが大きな目的でした。日本国民で知らない人がいないくらいすっかり有名になりました。威風堂々とした幾何学的な六本木ヒルズ森タワー(地上54階建て、高さ238mの超高層オフィスビル)は、見る角度、時間によって建物の表情が変わる点が特徴的です。文化都市というだけあって、森アーツセンター、六本木ヒルズレジデンス、六本木ヒルズアリーナ、グランドハイアット東京、TOHOシネマズなどたくさんの施設が一か所にかたまっています。物見遊山では計り知れない、六本木パワーがここにはあります。

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【道案内】元来た外苑東通りを六本木交差点方面に直進、交差点を六本木通りに沿って右折、ほどなくすると左側に六本木ヒルタウンです。六本木交差点にメトロ「六本木駅」があります。

 このコースは、はとバス「新名所!東京ミッドタウン探訪とアフターヌーンティー」として人気のスポットのようです。東京にお出かけの際には是非お立ち寄り下さい。距離はおよそ2km、ゆっくり歩いて1時間30分ほどのミニ散歩でした。都心は日々変化しています。たまに出かけるとその様変わりにビックリです。また、そんな変化が散歩の醍醐味です。【了】

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2011年1月20日 (木)

自分の遺骨はどこに?無縁物故者が20年前の3.7倍-横浜市-

 最近、独居老人や行旅死亡人(こうりょしぼうにん)など、身寄りもなく、引き取り手のない遺骨が増えています。こうした現象はNHK「明日の日本」で取り上げられている、絶縁社会の延長線にあるのでしょうか。横浜市では、無縁者として納骨された遺骨がこの20年で約3、7倍にも達し、その対策に苦慮しています。

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(写真:横浜市営久保山墓地全景=全優石HPより)

 広大な市営久保山墓地(横浜市西区元久保町)の一角に、「無縁物故者納骨堂」があり、わずか13平方メートルの堂内の棚には、引き取り手のない遺骨、約3000人柱が納められています。横浜市によると、1989年には211柱だったものが、2009年には779柱に増加し、およそ3,7倍にもなっています。因みに近隣の川崎市でも1,3倍(05年vs09年)と増加傾向が続いています。高齢者の孤独死の場合には、担当者が親族を捜し出して遺骨の引き取りを求めています。ところが「知らぬ、存ぜぬ」ケースが相当数あるようです。無縁社会と揶揄されるほど社会とのつながりが希薄となった現在、これからも引き取り手のない遺骨が積み増されると思うと身ぶるいを覚えます。

 新聞報道によれば、昨年6月、市内金沢区に住む70歳代の男性が、病気のため病院で死亡しました。生活保護を受けていたこの男性には以前に借金があり、約20年前に離婚しずっと一人住まいを続け、2人の子供とは音信不通でした。区役所の職員が子供に遺骨の引き取りを頼むと、「遺骨を引き取れば借金も引き継ぐことになるかもしれない」とし拒否されたそうです。市ではやむなく、無縁物故者として納骨しました。無縁物故者の扱いは横浜市の場合、遺骨は5年間保管され、その間に引き取り手が見つからなければ、ほかの遺骨とともに「カロート」と呼ばれる深さ2メートルの穴に合葬されるそうです。古いカロートがいっぱいになったため、05年に約20年分を想定して現在のカロートを設けたそうですが、このままいけば耐容年数を上回ってしまいそうです。また市では、納骨堂の清掃などの管理費として年間190万円を支出しています。

 高齢者(特に独居老人)はこの事実を直視し、元気なうちに自らの往生際を考える時かも知れません。己の最後の行き場所から、目をそむけてはいけないようです。【了】

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いまさら効かないといわれても!-消炎剤セラペプターゼ-

 武田薬品が1968年に発売した、消炎剤「ダーゼン」の効能効果が疑わしいというニュースに驚きです。40年も前に発売され、毎年65億円(2009年度)の売上高を誇る薬が効かないかもしれないというのです。

セラペプターゼ(成分名)は、消炎剤として医師により処方される医療用医薬品です。タンパク分解作用があり、炎症により生じた膿や粘液、痰を溶かして排出しやすくすると言われています。また、消炎作用があるので、炎症により起っている腫れをとり、痛みをやわらげるとされます。手術や外傷後の腫れや痛み、副鼻腔炎をやわらげたり、気管支炎、気管支喘息などで痰のきれをよくするために用いられる薬です。

 19日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品再評価部会は、武田薬品工業が実施した消炎酵素剤「ダーゼン」(成分名=セラペプターゼ)の3つの販売後臨床試験で、主要評価項目が達成されなかったことを受け、承認内容を見直すかどうかなどを審議しました。(医療介護CBニュースより)

当時の薬の承認体制が現在とはくらべものにならないとはいえ、当時の厚労省(薬事審議会)はどんな基準で承認を与えたのでしょうか。承認内容を見直すとなれば大問題です。医師(=製薬会社)に処方され、服薬してきた患者は好い面の皮です。

注目されている武田以外にもジェネリックメーカーが販売しています。マルコ(製品名:イルザイム)、日新・山形(エイビス)、大洋(オムゼン)、共和薬品(ケジフェン)、ニプロゼネファ(シマターゼ)、長生堂(セフロターゼ)、沢井(ニコラーゼ)、東和薬品(バザロイン)、ニプロファーマ(ヒシターゼ)、前田(ラセチダ)などです。

 武田が武田なら、ジェネリックメーカーもどうかと思います。特許切れを狙って薬の効果効能をろくに確かめずに製品化したのでしょうか。それにしても、40年も経った販売後臨床試験で効果に疑問とは理解に苦しみます。武田薬品は再試験を実施する方針とのことですが、その結果を是非国民に公表して欲しいものです。また、ジェネリックメーカーも威信に賭けてこの問題に取り組むべきです。【了】

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2011年1月10日 (月)

横浜で23,000人参加のマンモス成人式

 成人の日(10日)、新成人23,000人(今年の市内の新成人は34,000人)ものマンモス成人式が横浜市で行われました。会場となった横浜アリーナ(横浜市港北区)には着飾った新成人で溢れかえりました。警備の都合もあって、午前と午後の2回に分散しての式典となりました。

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 最寄駅の新横浜駅北口から参加者の行列が続き、新横浜プリンスペペ前の横断架橋は身動きするのがやっとの状態でした。新成人に交じって同伴の父兄が、娘さんの袂を心配する姿も見られました。会場入り口では、数人のグループが昔話に花を咲かせたり、互いの健康を祝って肩をたたきあったりと華やかな空気に包まれていました。

 神奈川県全体の新成人数は、85,299人(前年比467人減)で、県の調査開始(昭和48年)以降2番目に少ない人数です。また、全国でみると新成人は124万人で、初めて人口の1%を切りました。今後、序々にマンモス成人式が減っていきそうです。少子化を考えさせられる式典でもありました。【了】

※PJニュース

http://news.livedoor.com/article/detail/5259856/

PJニュースはライブドアニュースに配信されています。

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2011年1月 9日 (日)

赤レンガ広場で「横浜消防出初式2011」を開催

 9日(日)、横浜赤レンガ倉庫イベント広場(横浜市中区新港1)で「横浜消防出初式2011~集い 学び 楽しめる 参加型安全安心フェスティバル~」が開催されました。

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オープニングセレモニーには制服姿の林文子市長が出席し、市民ひとり一人が日頃から防災意識を持って事故のない生活をと訴えました。当日は、救助デモンストレーションや乗車体験、ステージショーなどが行われ、たくさんのハマっ子が参加しました。人気のイベントとあって、大人顔負けのカメラを手に、しきりにシャッターを切っていました。

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5つのエリア(「車両展示」「訓練展示」「参加体験」「ブース出展」「乗車体験」)でさまざまな催しが行われました。体験コーナーでは、はしご車や消防車に搭乗したり、放水や救助体験、そして、消防士の防火衣を着用した記念撮影などがありました。普段乗ることのない消防車でポーズを決め、父兄がその姿をカメラにおさめていました。

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また、陸・海・空からの一斉放水に感嘆の声が上がっていました。この他、救助デモンストレーションや古式消防演技(木遣り・纏振込み・はしご乗り)、消防服をショースタイルで紹介する「YFBコレクション2011」、着ぐるみによる誘拐防止教室、横浜F・マリノスのサイン入りユニフォームなどが当たる「防災クイズラリー」、お囃子・獅子舞やミニコンサートなど、盛りだくさんのイベントに終日元気な子供たちの歓声が絶えませんでした。【了】

※PJニュース

http://news.livedoor.com/article/detail/5258511/

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2011年1月 5日 (水)

【フォト川柳】菊花紋章

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菅総理 どこに導く 日本国

俳句(よみ):かんそうり どこにみちびく にほんこく

明治神宮大鳥居に凛と耀く菊花紋章です。みつめていると不思議な感慨に捉われます。政局より政策に力をいれて欲しいものです。(撮影:2011年1月5日 明治神宮にて)

■参考

富士通写真俳句ギャラリー

http://azby.fmworld.net/gpp/photohaiku/gallery/detail/view/id/3056263248-000004/

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ゆったり初詣で身も心も爽やか!東京・明治神宮

 東京ではこの三が日好天に恵まれ、明治神宮への初詣客はおよそ320万人の人出で、終日賑わいました。5日、人波でもまれる三が日を避け、明治神宮に足を運びました。JR山手線「原宿駅」の表参道口を出て、神宮橋を渡るとすぐ右手が南参道入り口です。平日とあって、竹下通りに向かうギャルも少なく、ゆったりと参拝しようとする中年連れや外人の姿が目立ちました。

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(写真:広々とした境内では揉まれることもなく、快適なお参りでした。)

明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、広大な境内は約70万平方メートルと言われています。まるで自然の森に中にいるような錯覚に捉われます。約10万本といわれるこれらの木々は、創建時に全国から奉納されたもので、およそ85年という時を経て深い森をなしています。

長い参道は掃き清められ、玉砂利を踏む音が心地よい響きを与えます。人とぶつかることもなく大鳥居をくぐると、参道の右手には青字の提灯がずらりと並び圧巻です。さらに進むと、突きあたりに白い大きな看板が目に入りました。それは、明治天皇と伊昭憲皇太后の御歌でした。

【明治天皇 御製】

 さしのぼる 朝日の光 くもりなく さかえむ國を わがいのるかな

【昭憲皇太后 御歌】

 いかさまに 身はくだくとも むらぎもの 心はゆたに あるべかりける

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(写真:南神門に飾られた干支 卯の絵馬。柱の間隔が2mくらいです。)

L字のコーナーを曲がった正面に南神門があります。お正月とあって、大きな卯の絵馬が門に飾られていました。広い境内には、西神門と東神門からも参拝客が合流するようになっています。交通規制もなく自由に行き来できる状態でした。

水で清めた後、御社殿に進みます。押されることもなく、静かにお参りを済ませました。政局や経済の先行きが見通せない新年とあって、筆者を含め、お参りに訪れた人々は一心に手を合わせていました。人ごみでもみくちゃにされる初詣と違い、心身共にゆったり爽やかな参拝はまた格別です。

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(写真:本殿には菊花紋章入りの灯籠が威厳を放っていました。)

 卯年は跳ねる年ともいわれ、過去の実績がそれを示しています。「元気な日本」を取り戻す一年であって欲しいと願わざるを得ません。【了】

■関連情報

http://news.livedoor.com/article/detail/5253515/

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【My Photo】若者のお正月

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(撮影:宮本 聰  2011年1月5日 原宿竹下通りにて FinePix HS10 f5 1/150sec ISO-100)

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2011年1月 1日 (土)

年賀状にみる高齢者の人間模様-目標ある人は元気100倍-

 関東地方は少々寒いものの穏やかな天候に恵まれました。鳥取や島根で大雪の情報が寄せられていますが、筆者の住む横浜は初日の出を拝むことができました。2011年のスタートにあたり、年賀状からみる高齢者の人間模様を考えてみました。

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 年に一度いただく賀状は差出人の人柄を偲んだり、その昔親しく付き合った頃の思い出を呼び起こしてくれます。今年の年賀状を読みながらふっと思ったことがあります。筆者の年齢では、大半の人が定年退職後の生活者ですが、元気な人ほど明確な「目標」を持ち「実行力」があるということです。

そのいくつかをご紹介します。

Aさんは、「今年も母校の大学で就職活動のお手伝いをする予定です。」とあり、最近どの大学でも力を入れている、大学の就職相談を現役時代の経験を生かして活動しています。キャリアが求められる仕事であり、張り切っている様子がうかがえます。

Bさんは、中国語の翻訳にチャレンジし、その成果を実践で生かそうとしています。「元気でやってますか。当方相変わらずチャレンジし続けています。今年も宜しく!」と書かれた文面からその元気さが伝わってきます。

Cさんは、現役の社長として会社経営に携わっています。年賀状には「厨房に入り、最低限の煮炊きの術の習得を天与の制限時間内の目標」としたためています。グルメで知られたこの方が厨房に入るとは驚きです。この方は後期高齢者です。

Dさんは、ホノルルマラソンや地元のマラソンに出場、4時間以内の完走が目標です。「この春より、自治体の非常勤職員として気楽に働いています。地元のマラソン大会で4時間を切りました。」とても意気軒昂であることが分かります。

Eさんは、「ご無沙汰しております。今年も前職の契約社員として全国の検査技師会や病院で感染症に関する講演を行っております。」と綴られていました。製薬会社学術部でのキャリアがものをいっています。

 年賀状の行間から伝わるその方の元気さは、受け手のこころをも元気にします。目標と実行力のある高齢者はとても元気であることの証ではないでしょうか。定年後の8万時間に目標をもって挑むことこそ、元気な高齢社会を実現できるのではないかと思います。【了】

■関連情報

http://news.livedoor.com/article/detail/5244495/

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